第5話 激突
なんで? どうしてここに彼女がいる? それに。
なにより彼女が持っているものに目が釘付けになる。
彼女の手には剣が握られていた。まるでファンタジー世界に出てくるような形をしている。それも刀身がピンク色に輝き、殺伐とした雰囲気なのにその剣は温かい光を放っている。
「ほう、恋人同士が参加してるなんて聞いてなかったがな。やられた男を助けるために女が出張ってくるとか情けないんじぇねえか?」
「そんなことない! 聖治君は世界で一番かっこよくて気遣いもできていつも私の思ったこと察して動いてくれて美容にも気を使って肌荒れ一つない完璧な彼氏なの!」
俺への期待値高くなーい?
男は彼女から離れた距離で槍を構えている。突如現れた彼女にも平然だ。
「どう、して……」
腹の痛みに耐えてなんとか口にする。聞きたいことがたくさんある。だけどうまく頭が働かない。
沙城さんは背中を俺に向けたまま男と対峙している。
「聖治君はここにいて」
なんで、平然としていられる? 怖くないのか? 戦うのか? こいつを知ってるのか?
沙城さんは歩き男に近づいていく。それでも間合いの外になるよう立ち止まる。
「そりゃそうだよな、そいつはお前の獲物だ。横取りされちゃたまらないよな」
「そんなんじゃない。察しが悪すぎるけどあえてなの?」
槍を持つ男を前にしても沙城さんは気丈にしている。
「へえ、じゃあどうしようって?」
「そんなことよりもあなたは管理人のはずでしょう。それがスパーダを手にかけようとはどういうことなの? 聞いていた話とずいぶん違うんだけど」
「あー」
バツが悪そうに男は顔を逸らした。
「まあなんだ、今のは事故みたいなもんだ。本意じゃない、気にしないでくれ」
男は空いた手をふらふらと振る。俺を殺そうとしたのに。どこまでもふざけた男だ。
「事故?」
「ん?」
その時沙城さんから声が漏れた。
「そんな理由で……」
だんだんと声に熱がこもっていく。
怒ってくれているのか? 俺のために?
「そんな理由で、聖治君を傷つけたって?」
彼女から伝わってくる思いが嬉しかった。
なぜ俺を知っていて、なぜ助けてくれるのか。そんなことどうでもいい。
ただ、彼女の存在が嬉しかった。
沙城さんは男に指を突きつける。
「ゼッタイに許さない!」
「ウ~」
彼女からの挑戦に男がおどけて見せる。
「気の強い女は嫌いじゃないぜ。そして」
男は槍を彼女に向ける。向けられただけで身が竦むほどの凶器。
「こういう展開もな」
相手もやる気だ。それどころか楽しんでさえいる。
まずい。そんな相手と彼女を戦わせられない。殺される!
なのに、彼女は一歩も退かない。
俺を守るために立つその後ろ姿は、美しかった。
「守護剣、ディンドラン」
彼女が握る剣が一層強く光った。まるで彼女の思いと連動しているようだ。
「聖治君は、私が守る」
彼女の声は力強い。それだけ俺のことを思ってくれているのが分かる。
でも、だからといって戦うなんて。
「沙城さん、駄目だ!」
この男は危険すぎる。平気で人を刺すやつだぞ。そんなやつに沙城さんまでやられたら。そんなのは嫌だ。
すると沙城さんが振り返った。その顔は、小さく笑っていた。
「前!」
が、その隙を男は見逃さない。
槍が沙城さんに迫っていた。刺さる!?
「ふん!」
だがそれが分かっていたのか沙城さんは向き直るよりも早くに回避していた。男をにらみ次の攻撃を剣で受ける。
「聖治君は逃げて!」
そう言って彼女は踏み込んだ。
目の前では襲撃してきた男と沙城さんが戦っている。どちらも本物の武器で下手すれば怪我じゃ済まない、死んでしまう。それに剣と槍じゃ間合いが違う、明らかに不利だ。
だけど、そんな中で沙城さんは善戦していた。
その姿に息を飲む。
男が繰り出す突きを剣で払い、もしくは躱していく。彼女の体が横にずれ流れる長髪を槍の先端が通過していく。もし遅れていたら顔面に刺さっていたのに、沙城さんは怯えることなく男を真っすぐと見つめている。
槍と剣がぶつかる音が響く。その度にステップを踏む沙城さんは踊っているようにも見えた。
「なかなかやるな」
すごい剣技だ、素人の俺でも分かる。対戦している男はもっとだろう。
「じゃあこれはどうだ?」
男が片手を上げる。
すると、上空にいくつもの槍が現れた。十本近くもの槍が刃を沙城さんに向け浮いている。
「そんな!?」
なんだよあれ、あいつは槍を空間に出したり操ったりできるのか? 間合いまで違うのに、数まで違うなんて。
男が掲げた手を沙城さんへ倒す。それで浮かんでいた槍が一斉に飛んでいった。
沙城さんに槍が迫る。それらを打ち落とし開いたスペースに体を入れた。
「ぐ!」
その際横切った槍のいくつかが彼女の肌を切り裂いた。
彼女の頬と太ももから血が流れる。傷は深くなさそうだけど、このままじゃ。
「ディンドラン!」
すると彼女の剣が光った。桃色のその光は彼女の傷を覆っていきみるみると傷が治っていく。
「すごい」
そのまま彼女は走り出し男との距離を詰める。沙城さんは剣を振り下ろした。
男は両手に持った槍の柄でそれを受ける。沙城さんの剣を押し返しさらに槍で殴りつける。沙城さんの剣がそれを受けるが吹き飛ばされてしまった。足が地面を離れすごい勢いで飛んでいく。
その後ろには男が投げつけた槍が地面に突き刺さっていた。沙城さんは吹き飛ばされる最中その槍を掴みさらに足を引っかける。そのまま槍で体を回し方向転換するとその槍を足場にして上空へと飛んだ。
沙城さんの体は男の頭上より遥か上にいる。そこから剣を投げつけた。
「ハッ」
沙城さんの一投はしかし男の振るった槍によって弾かれてしまった。これじゃ無防備だ、そのまま沙城さんは落下していく。まずい、刺される!
「戻れ、ディンドラン!」
が、そうはならなかった。
彼女の呼び声に応じ桃色の剣は発光すると次の瞬間には沙城さんの手に握られていた。男は槍を振った体勢で頭上ががら空きだ。
やった! 決まる!
沙城さんの渾身の一撃が男に叩き込まれた。
「そんな!?」
だけど、その攻撃はまたも空間から現れた槍によって防がれてしまった。
これで何本目だよ。突如現れる槍に攻撃と防御にと翻弄(ほんろう)される。
槍によって防がれたことで沙城さんの胴体に隙ができている。そこへ男は自分が握っている槍を振るい殴りつけた。
「ぐう!」
沙城さんの体が地面に転がる。すぐに起き上がり膝を付くも苦しそうだ。
「やっぱり、一本だけじゃ……」
彼女の腹部は桃色の光で包まれている。それでも彼女は悔しさに表情を歪めていた。
そんな沙城さんを男は陽気に見つめている。
「お前は見所があるな。それにずいぶんとスパーダの扱いに慣れてるじゃねえか。戦闘は初めてじゃないな」
地面に突き刺さっていた槍や空間に固定された槍が消えていく。男は槍を回し地面に突き立てた。
「なるほど、他とは違うな」
お気楽な感じはなくなりどこか冷めた雰囲気で男は沙城さんを見下ろしていた。沙城さんも負けじと男を睨み上げる。
「ま、いいか」
が、そう言うと男は握っていた最後の槍を消した。高まっていた緊張が一気に萎んでいく。
「錬成七剣神(セブンスソード)は始まった。お前らが殺し合う運命なのは変わらない」
セブンスソード? 殺し合う?
なんのことだかまったく分からない。男は言いたいことだけ言うと踵を返した。
「どこに行くんです?」
「帰るんだよ。そいつにはお前から説明しておきな、俺がするより話が進みそうだ」
男は「そういうことだ」と付け加えると水面のように波立つ空間へと消えていった。空間は元通りとなりあとには男の影もない。めちゃくちゃだ、俺は夢でも見てるのか?
「いったい、どういうことだよ」
なにがなんだか、一から十まで分からない。なにが起こってる? セブンスソードってなんだよ。殺し合いだって?
頭は混乱しっぱなしだ。だがそれよりも斬られた腹が痛み声が漏れた。
「つぅ」
手の平は血で赤くなってる。制服も真っ赤だ、このままじゃやばい、早く病院に。
「聖治君!」
すると沙城さんが駆け寄ってくれた。俺を前にすると膝を付き傷口に手を当てている。
「ごめんね、すぐにしたかったんだけど」
彼女はなにも悪くない。むしろ助けてくれたのに。
彼女は俺の傷の上に手を置くと桃色の光が覆っていった。温かい。それに痛みも引いていく。
光が消えていく。そのころには痛みは完全になくなっており見れば傷も治っていた。かさぶたすらない。
「なんで。いったいどうやって」
触ってみる。自分の指が当たっているというというのが分かるのに痛みはまったくない。まじまじと見つめるがどこを切られたのかすら分からない。
「大丈夫?」
「うん。治ってるみたいだ」
「よかった」
心底ホッとしたようで彼女は胸をなでおろしている。
「あの、これはどういう」
「これが、私の能力なんだ」
彼女は立ち上がっており手を差し伸べていた。その手を取り俺も立ち上がる。
「ありがとう」
「ううん」
彼女が顔を横に振る度にさらさらとした髪が流れるように揺れた。
「あ、でも」
「ん?」
なにか思いついたのか目を輝かせながら聞いてくる。
「ねえ、私役に立った?」
「え」
「役に立てた? 聖治君の役に立てたよね?」
「そりゃあ、もちろん」
なんだろうか。なんの確認だ?
「よし!」
「????」
よく分からないが嬉しそうだ。ガッツポーズまで取っている。かと思えば恥ずかしそうに俺を見つめてくる。
「じゃあさ、よければなんだけど~……、頭なでてくれないかな?」
「え、頭をなでる?」
「うん」
彼女は俺を助けてくれた、命の恩人と言える人だ。その人のお願いとあればこれくらいのこと全然いいんだけど。というかこんなことでいいのか戸惑う気持ちもあるが。
俺は寄せる彼女の頭に片手を当て優しく撫でてやった。
「くうう~~明日もがんばろぉおお!」
めっちゃ喜んでる。めっちゃテンション上がってる。
ほんとによく分からないが、彼女がいなければ俺は今頃死んでいたと思う。改めて見てみるが彼女は普通の(普通じゃないけど)女の子で、こんな細い体で戦っていたんだなとすごいと思う。
「えっと、それで教えてくれ、君はいったい? さっきのやつはなんなんだ?」
いったいなにがあったのか彼女なら分かるはずだ。普通じゃないことがたくさんあった。なにより、
「どうして、君は俺を助けてくれたんだ?」
今日会ったばかりの、クラスメイトでしかない俺を彼女は命がけで助けてくれた。
そんなこと、なかなかできることじゃない。
でもそれは俺がそう思っているだけで彼女は俺を知っているんだ。こんなことならちゃんと話を聞いておけばよかった。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしていた。俺を見ていた顔が下がり表情もどこか暗い。
「聖治君は……覚えてないんだよね」
「え? あ、ああ」
彼女のことを何度も思い出そうとはしたんけれど駄目だった。ヒントみたいなとっかかりがあればいいんだけれど、彼女には申し訳ないが俺には分からない。
「…………ん」
「え」
沙城さんは俯いているから見えないけど、もしかして、泣いてる?
手で瞼をこすり鼻をすすっている。
「ごめんね」
「あの」
そう言うと彼女は走り出してしまった。すぐに手を伸ばすが彼女は走り去っていく。唖然としてしまって足が動かない。俺はその場に立ち尽くし彼女が消えていった道を茫然と見つめていた。
「いったい、なんなんだよ……」
まるで全部が夢みたいだ。そう思いたかった。
だって、突然男に襲われ、そいつは空間から槍を取り出し俺の腹を突き刺したんだ。そしてそれを治したのは今日会ったばかりの転校生。こんなものを信じるなんて自分は寝ぼけていたと思うよりも無理な話だ。
でも。
そう思いたくても俺の目の前には証拠があった。
手の平を見てみれば、そこには消えていない俺の血がある。傷はもう癒えたのにこの血を見るだけでさっきの痛みが思い出されていく。
「夢、じゃ、ないんだよな……」
なにかの間違いだと思いたいのに。だけど、他ならぬ自分の血がそれは違うと主張していた。
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