第4話 ファーストコンタクト

「私たちは、未来からそれを探すために来たんだよ?」

「未来?」

「聖治君。私と一緒に、ロストスパーダを探して」


 おいおい、ちょっと待ってくれ。


「未来って、え?」


 まいったな。


 沙城さんの顔を今一度確認してみる。大きな瞳に整った眉、小顔で可愛らしい印象を受ける。目の前にいるのはどこをどう見ても美少女だ。


 なのに、未来から来ただって? 冗談ならともかく本気で言ってるなら中二病だぞ。おいおい、ほんとに漫画みたいな展開だな。


「それも嘘か?」

「これはほんとなの!」


 改めてそう言われてしまう。マジか。


「えっと、それ、もしかして本気で言ってる?」


 しかし、それですんなり納得できるはずがない。今なら冗談で済む話だ、お願いだから冗談だと言って欲しい。


 だが彼女はそうは言わなかった。その変わり悲痛な表情で「そんな……」と俯いている。


 なんだか、笑える感じじゃないな。彼女の言っていることは信じられないけど、だからといって彼女の反応まで嘘とは思えない。本気で落ち込んでいるように見える。


 でも、未来から来た? 彼女だけでなく、俺も?


 どうしたものかな。こういう時なんて返すのが正解なんだ?


 とりあえず、この話は終わらせよう。やっぱり未来から来たなんて話関わらない方がいいと思う。


「ごめん、沙城さんのこと疑うわけじゃないんだけど、俺にはなんのことだか分からない。いきなり未来から来たとか、さ? 信じられないよ」

「それは」


 無理があるのは分かっているんだろう。あんなに悩んでいたんだし、そこら辺の分別(ふんべつ)は付くみたいだ。


「そういうことだから、俺は行くよ」

「聖治君、でも!」

「話はまた明日聞くからさ。たぶんだけど時間を置いた方がいいと思う。それじゃあ」


 そう言ってやや強引にその場から離れた。


 そのまま昇降口で靴に履き替え帰路につく。ふぅと息を吐く。夕焼けで茜色に染まった住宅街、その道を一人歩き俺の影が伸びる。


「それにしてもなぁ」


 一人になったことで落ち着くが、しかし頭の中はさきほどのことで一杯だ。


 転校生である沙城香織。見た目は可愛くて性格もきつい印象はない。一見完璧なその少女は俺たちが未来から来たと言う。はっきり言っておかしい、かなり普通じゃないと思う。いわゆる電波系というやつなのか? 今まで会ったことも見たこともないが、あれがそうなんだろうか。


「あ」


 でも待てよ、彼女は俺の名前を知っていた。それはどういうことなんだ? 誰かから聞いた? それか最初から知っていたのか?


 それにあの時の彼女。


「ほんとに悲しそうだったな」


 俺から会ったことあったっけ、と聞かれた時の彼女の表情。ほんとにショックで、辛そうにしていた。見て分かったんだ、傷ついてるって。すごく驚いていて、それでいて辛そうなのが。


 聞いた時は反射的に拒絶してしまったがもしかしたらなにか事情があったのかもしれない。もしそうなら彼女には悪いことをしてしまったな。


「明日、真面目に聞いてみるか」


 日が移ろう空を見上げる。オレンジの空がきれいだ。


 そんな風に思っている時だった。


「ん?」


 視線を正面に戻しそこにいる人物に目が止まる。


 いつからいただろう。六月になりもう夏だというのに黒いコートを着ている。コートについたフードを目深に被っており顔は見えず、白い髪が出ているのが分かるくらいだ。その人が道の中央で俺をじっと見ていた。


 変わっている人だな、それにこっちを見てきてなんだか薄気味悪い。


 ここは顔を見ず素通りしよう。


「おいおい、無視かよ」

「え」


 男の声だ。でもなんで? 声をかけてきた?

「今日から始まりだってのに、呑気なもんだ」

「あの、さっきからなんですか?」


 話し方が馴れ馴れしいというか、まるで不良にでも絡まれている気分だ。


「どうも目覚めてはいないか」

「?」


 男、だと思うフードの人物は顔を横に振っている。


「仕方がねえか。なに、今日はあいさつだ」


 男は両手を下げている。

 瞬間、いきなり槍が現れ握られていた。


「え」


 男とほぼ同じ長さの槍が握られている。夕焼けの光を刃が反射している。

 なんだこれ? どういう……。なんでいきなり槍が?

 

「もたもたしてると死んじまうぞ」


 直後、槍が突かれた。


「うあ!」


 なんとかそれをかわす。まるで遊びのような気軽さだった。でもこれは冗談でもなんでもない!

 男の槍は俺が避けたことで塀に当たりコンクリートを粉砕していた。すさまじい音と破片が飛び散り地面に落ちていく。


 うそだろ!? なんだよこれ!


「おら、戦え。男だろ」


 めちゃくちゃ言うなよ、こっちは素手だぞ! そもそも武器があったところでなんで戦わなくちゃならない。


 すぐさま地面を蹴った。腰が抜けそうだったが足を無理矢理動かしこの場から逃げる。


「おいおい……」


 背後では男の落胆した声が聞こえてくるが知ったことじゃない。


 どうする? どうする? どこに逃げる? 学生寮はダメだ、バレたら襲われる。なら交番か? というか通報!


 ポケットに手を突っ込んだ。必死に走っているからそれだけで転びそうになる。スマホを目の前に持ってくる。


「なんで圏外なんだよ!」


 そのまま地面に叩きつけたくなる。どうして? こんなこと一度もなかったのに。こんな時に限って圏外なんて。


 それに走っていて気が付いたことがある。


 この道、さっきから誰もいない。助けを呼ぼうにも誰ともすれ違わない。


「どうした、それで逃げてるつもりか?」

「な」


 後ろを振り向くとすぐそこに男がいた。足音は聞こえなかったのに。どうして。


「前見て走らないとあぶないぞ」


 くそ!


 言われた通りにするのもしゃくだが正面に振り向く。


「え」


 そこには、フードの男が立っていた。


「刺されちまうからな」


 槍を突き刺してくる。全速力で走っていた俺は咄嗟にかわすことが出来ず。


「――――」


 槍が、腹を切り裂いた。


「があああ!」


 なんとか重心をずらし急所は外せたものの制服の下から血が流れている。

 斬られた箇所を両手で押さえ地面に倒れ込む。痛い。なんとか見てみるとそこまで深い傷ではないがそれでも傷口がじんじんと熱い。


「ち、あんまりにもとろいから刺しちまっただろうが」

「ぐ、うう」


 このままだと殺される。そのことで頭がいっぱいだった。なんで、どうして俺がこんな目に遭わないといけない?


「まあいいか。どうせお前じゃ生き残れない。見せしめはお前だな」

「…………!」


 その声が俺の耳をつんざいた。


 さっきまでなかった感情が芽生えていく。噴火のように上昇していく。


 まあいいか、だと? そんな訳も分からない理由で俺は殺されるのか? そんな理不尽で死ななくてはならないのか?


 ふざけるな。


 男を見上げる。影になって表情は見えないがその闇に隠れた顔を睨みつける。


 倒してやりたい。せめて一矢報いたい。こんなふざけたやつにいいようにされたまま死んでたまるか。


 力さえあれば!


「ほう」


 男の顔に手を伸ばしていた。気持ちに体が突き動かされる。

 戦いたい。力が欲しい。それで、この男を倒したい。


 そこで、胸に重りのようなものを感じた。


 なんだ、これは? 胸になにかが突き刺さっているこの感じ。やろうと思えば、それを引き抜ける感覚がした。


「やる気を出したのはよかったが、遅かったな」


 でも、遅かった。男が持ち上げた腕には槍が握られておりその矛先は俺の手の平ごと顔面を突こうとしていた。


 どんなに気持ちが叫んでいてもけっきょくはどうにもならない。向けられた刃が動き出す。


 夕焼けのオレンジが、まぶしい。


 瞬間、金属同士がぶつかった。


「え」

「なに」

「聖治君に!」


 さらに、女の子の声が聞こる。


「なにしてるのよ!」


 男の槍が弾かれる。そのまま後退していく。


「君は」


 視界に広がるのは夕焼けの空。


 そして、流れるように揺れる明るい長髪だった。


「私の彼氏に、手を出すな!」

「沙城……香織さん……?」


 転校生の、沙城香織の後ろ姿だった。


 

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