第5話 夢に燃える弟子

 俺が目を覚ました時、窓からは夕日が差し込んでいた。この夕日が完全に沈むと、山は真っ暗になる。修行がやりづらくなるので、普段から日没を修行終了の合図にしている。


 まあ、今日の場合は日が沈むより早く切り上げることになったけど、その分だけ長く休むことができた。おかげで体の調子はここ最近の中でも一番良い気がする。


 これなら暗闇でも修行ができる……気もするけど、師匠は基本的に無茶な修行を許さない。とにかく体を壊さず、継続して基本を積み重ねていくのが大事と師匠はよく言っている。


 とはいえ、俺も男の子だから、高度で複雑な魔法もたまには教えてくれないかなぁと思ったりして……。それこそ炎属性の回復魔法なんかは、教えてもらってないから使うことができない。


 回復を覚えておけば、師匠に何かあった時その身を癒せるかもしれないし、今度教えてほしいと俺から言ってみるのもいいかもしれない。


 愛する気持ちは伝えられないけど、修行に関する質問や意見は案外素直に言える。それは師匠が俺の言葉に耳を傾け、頭ごなしに否定することなく答えてくれるからだろう。


 俺も最初の頃は生意気なところがあって、師匠の修行方法に疑問を持つこともあった。でも、そのたびに師匠が修行の意味を俺に教えてくれた。


 師匠は口下手だから、なんとか少ない言葉と身振り手振りで考えを伝えようとしてくる。その姿が愛らしくて、かわいらしくて、見てるだけで真剣に修行に取り組む気持ちが湧いてきたのを今でも覚えている。


「そういえば、師匠の気配がないな」


 意識を集中させると、自分の周囲でうごめく気配を感知することができる。特に師匠は一緒にいる時間が長いから、より正確に感じ取ることが可能だ。


 隠れ家内部ならどこにいるのかまで正確にわかる。でも、やましいことには使っていない! そもそも何をしているのかまではわからないから、やましいことには使えないのだが……。


 とにかく、師匠が今隠れ家の中にいないことは確かだ。そして、その場合どこにいる可能性が高いのかというと……ズバリ隠れ家の近くを流れる滝だ!


 ハードな修行を行った後などは、師匠自身も肉体と精神が熱くなっていることがある。それを効果的に冷ましてくれるのが滝だ。


 俺もよく滝に打たれている。ただ、そのぉ、師匠と一緒に滝に打たれに行くことはない。もちろん、服を着て滝に打たれるわけだが、師匠の濡れた髪や服、それが張り付いた顔や体を見せつけられると、とてもクールダウンなどできない! むしろ、肉体も精神が熱くなってしまう!


 なので、滝に打たれるタイミングはいつも師匠とズラすようにしている。だからこそ、師匠は俺が寝ている間に滝に打たれようと思ったのかもしれない。


 でも、夕食までには師匠も帰ってくる。俺はそれを見越して、早めに調理に取り掛からなければならない。


 ベッドから出ようとしたところで、俺は隠れ家に接近してくる気配を捉えた。師匠ではない。空からくる。かなり小さな気配……。ここまで情報が揃えば、その正体は明白だった。


 視線を開け放たれた窓に向けると、外からポイッと紙の束が投げ込まれた。それは近くの街で発行されている新聞。俺がその来訪者にお金を預けて、買ってきてもらったものだ。


「いつもありがとう、フラメル」


「クェー!」


 窓のヘリに降り立った来訪者は、炎のような深紅の羽毛を持つ不死鳥『フラメル』だ。


 彼は師匠のペットではなく友人なので、一緒に生活しているわけではない。いつも自由気ままに世界を飛び回っている。この隠れ家は彼にとって、たまに立ち寄る場所の1つというだけだ。


 フラメルは頭がすごく良くて、しゃべることはできないけど人間の言語は完全に理解している。新聞を買ってきてくれたように、お金の価値や商売の仕組みも普通に知ってる。完全に鳥の領域を超えた存在というわけだ。


 フラメルはしばらく俺を観察した後、窓辺から飛び立っていった。おそらく師匠がいる滝の方に向かったんだろう。


 俺は床に置かれた新聞を拾い上げ、真っ先に『緊急魔獣討伐依頼』が掲載されていないか調べる。人間の生活圏に魔獣が出現すると、専門の狩人たちが出動し討伐にあたる。


 しかし、場合によっては戦力が足りず、討伐できない状態におちいることもある。そんな時、俺は師匠に頼み込んで修行の一環として魔獣討伐におもむく。


 俺は竜という魔獣のせいで家族と故郷を失った。だから、修行で身につけたこの力で、同じような目に会う人を1人でも減らしたい! そのために俺は『特級狩人』を目指している!


 自分の身や家族、財産を守るために魔獣と戦うことには許可などいらない。しかし、わざわざ魔獣を狩るために各地を巡るとなると、魔獣狩人協会のライセンスが必要になる。


 協会に所属することで魔獣を狩る許可を得られるほかに、協会が長年の研究で発見した魔獣の生態や弱点などを知ることができるし、討伐した際の報酬も相応そうおうに出る。組織に所属する以上面倒なルールも多いけど、その面倒を上回るほど利点は多い。


 また、狩人としての活動の中で評価を上げていけば、ライセンスがグレードアップする。そして、最高グレードの『特級ライセンス』を与えられた者は『特級狩人』と呼ばれるようになる。


 特級狩人は特権は自由だ。よほど緊急性の高い異常事態が起こらない限り、協会の要請を無視しても許されるし、各地に存在する協会支部の許可を得ずに支部管轄かんかつの地域で魔獣を討伐できる。そう、俺を助けてくれた時の師匠のように……!


 師匠は俺の愛する人であり、憧れの人でもあるんだ。その背中に追い付いて、いつかは肩を並べて戦いたいけど……今のところ俺のライセンスはB級だ。


 B級狩人の数は多くて、一個人に緊急の出動要請が来ることは少ない。協会の目の届く範囲で十分人員を集めることができるからだ。ゆえにこんな山奥の生活でも困ったことはない。名前も売れていないので、俺を指名して依頼してくる人もいないしね。


 師匠は特級狩人ではあるけど、完全に休業状態になっている。おそらく本格的に活動を再開する気はない。俺としてはやっぱり肩を並べて戦いたい気持ちはあるけど、戦いに疲れた師匠を無理やり引っ張り出す気にはなれない。


 俺はいつだって師匠の気持ちを尊重する。今は狩人時代の師匠の貯金で暮らしているけど、いずれは俺が働いて師匠を養うつもりだ。それが俺を助け育ててくれた人への恩返しってものだろう! べ、別に一緒に生活する口実が欲しいわけではない!


「さて、晩御飯の準備だ!」


 新聞に『緊急魔獣討伐依頼』は掲載されていなかった。それどころか、魔獣によって大きな被害が出た事件も載っていない。ここ最近は平和でいいことだ! おかげで修行にも身が入る!


 他の記事は夕食の後に読もう。新聞を机に置き、俺は自室からキッチンに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

師匠に「ここから出て行くのは私を倒してからにしろ」と言われたけどあなたを愛しているから出て行きたくない ~実は師匠も弟子のことが好きで出て行ってほしくない~ 草乃葉オウル@2作品書籍化 @KusanohaOru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ