イチゴむすびの行方



 さて、ふたたび僕視点に戻る。

 ロシアンなおむすびたちは、そのほとんどが僕らの胃袋におさめられていた。


「ああ、うまかったね〜。満腹。僕はもういいや」

「僕も。けっきょく、シャケと塩昆布だったなぁ」


 僕と蘭さんは満足して、食後の茶をまったりとすする。


「まだ二つあまってるぞ」


 食い意地のはった猛が言うので、蘭さんのテンションがいっきにあがる。


「じゃあ、そのどっちかがイチゴジャムですね!」


 たしかに、まだ誰もイチゴジャムを食べたと申告してない。

 二つの大皿には一個ずつのむすびが……。


「和牛も出てなくない?」

「よし! おれが食う!」

「兄ちゃん、何個めだよ? 十個は食ったよね?」

「まだ八個だ」

「はいはい。それ食ったら十個ね」


 蘭さんが嬉々として告げる。

「和牛とイチゴジャムの二択! 天国と地獄!」


 僕のテンションも爆あがり!

「究極の二択だね!」


 と、三村くんが割りこんできた。


「ああ、すまんけど、おれも一個もらうわ」


 蘭さん、いよいよ興奮。

「ええー! 二択とわかってるのにチャレンジャーですね。鮭児くん」

「小腹ぶん、足りんねん」


 僕といっしょの数だけ食べたのにな。つまり、四個。


 猛が宣言した。


「よし! じゃあ、勝負だ。鮭児!」

「勝負や!」


 それぞれのおむすびを手にとる猛と三村くん。


「ドキドキ」僕。

「ワクワク」蘭さん。


 見守る僕らの前で、猛と三村くんが、おむすびを頬ばる。


「……! こっ、これは!」

「どっち? どっちなの? 兄ちゃん!」

「和牛? それともジャム?」


 猛は叫んだ。

「肉だー! 美味い! 最高級和牛!」

「よかったねぇ。兄ちゃん。いじきたなく食い続けたかいがあったね」

「かーくんのイヤミが気にならない美味さ!」


 蘭さんはチロリと三村くんをよこ目にながめた。そして、ぷふふと笑う。


「じゃあ、鮭児くんがイチゴジャムですか」


 ところがだ。

「ん? おれ、高菜やで?」


「えっ?」

「えっ?」

「うまうま」


 またもや、真顔になって怒る蘭さん。


「なら、イチゴはどこへ行ったんですかー!」


 そう。そこだ。

 イチゴジャムはいずこ?

 シラスやゴマや海苔巻きじゃない。イチゴジャムだよ? 確実に自己主張したはずだ。


 とにかく、蘭さんをなだめる。


「ら、蘭さん。何も怒らなくても……」

「怒ってませんよ? ちょっとビックリしただけ」


「ああ、美味かった! 別にいいだろ。ジャム、どうせ誰も食いたくなかったんだから」


 猛はそれでいいかもしれない。でも、イチゴジャムを食べて困りはてるみんなの顔を楽しみに、二十個ものおむすびを作った僕の気持ちはおさまらない。


「まあ、そうだけど。でも、たしかに作ったんだよぉ」


 蘭さんもメンバーの苦しむ姿を楽しみにしてたんだろう。真剣に考えこむ。


「変ですね。絶対に誰かが食べたはずなのに……まさか、イチゴジャムにあたった人がズルして、こっそりすてたんじゃ?」


 なんて言いだす。


「ええ! せっかく作ったのに! 食べ物を粗末にしたらいけないんだよぉ」


 猛が指摘する。


「食べ物で遊んでるけどな」

「責任持って食べるんならオッケー! それが東堂家のモットー!」


 蘭さんの追及は止まらない。

「そんなのはいいんです。問題は誰がイチゴむすびをすてたのか!」


 まさか、犯人探しをするつもりか?


「ええっ? そんなの、どうやって調べるの?」

「とりあえず、一人ずつ、何を何個食べたのか言いましょう」


 なるほど。

 さっそく、猛がズラズラと述べる。いっぱい食ったからな。


「おれは、高菜、オカカ、鶏そぼろ、塩昆布、ツナマヨ、塩昆布、高菜、鶏そぼろ、和牛だな」


 具の内容に、僕は衝撃を受けた。


「ギャー! 肉が全部、猛に集中してる! 鶏そぼろ二つしか作ってないんだよ!」

「おれが肉を愛するぶん、肉もおれを慕ってくれるんだ。おれには肉の声が聞こえる」


 なんて、賢者みたいな悟りきったことを言う。


「どおりで一個も鷄そぼろ、あたらないと思った」


「そういう、かーくんは?」と、蘭さん。

「オカカ、オカカ、塩昆布、ツナマヨだよ」

「ふうん。僕はシャケと塩昆布。今、十五個でしょ? てことは、残り五個が鮭児くんですよね?」


「えーと、シャケ、高菜、梅、オカカ……」


 シャケ、高菜、、オカカ……。


「ちょっと待ったー!」

 僕は叫んだ。


「えっ? えっ? なんやねんな」

「僕、梅なんか作ってないよ! 今日、切らしてたから!」


 みんなの目が三村くんに集まる。視線で穴でもあけばいいという目が。


「…………」

「…………」

「…………」


 ぽそりと、猛が言った。

 蘭さんと僕も続く。


「……それだな」

「それですね」

「イチゴジャム……」


「ふつうに食ってたよな?」

「ふつうに食べてましたね」

「ていうか、むしろ、美味そうに食ってた」


 みんなの冷たい視線をあびて、三村くんは照れ笑いだ。


「てっきり、ハチミツ漬けの梅やと……」


 梅とイチゴジャムをまちがえるものだろうか?

 みんなの視線は、まだ冷たい。


「究極の二択じゃなかったな」

 ガッカリした感じの猛。


「なかったね。地獄はひそかに終わってた」


 ゴゴゴ……。

 蘭さんのなかで何かが壊れる音。


「そんなの、つまんない!」


 こうして僕らのイチゴむすび事件は解決した。

 思った以上に存在感の薄かった、イチゴジャム……。


 だが、どんな食べ物でも食べきる。それだけは誇れる僕らだった。

 今度は、ワサビむすびにしよっかな。




 了

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東堂兄弟の5分で解決録9〜ロシアンおむすび事件〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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