盗撮魔編

第5話 盗撮魔①

 休み明けの学校初日、少なくない生徒が死んだ魚のような目で登校する中、俺は誰よりも早く登校し、校門である人物を待っていた。

 

 今日この学園で起きる一人の少年による一人の少女への脅迫。それを俺は何としても阻止しなくてはならない。

 そのために必要なことはいくつかあるが、それは後々話そう……っと、どうやら奴が姿を現したらしい。


 まだ人もまばらな朝七時四十分ごろの昇降口で、その少年――亀田東里かめだ とうりはやけに緊張した面持ちのまま、涼風さんの下駄箱の前で足を止めた。

 そして、辺りをキョロキョロと見回してから涼風さんの下駄箱に封筒を入れた。


 くっ。土曜か日曜かは分からないが、やはり亀田は既に盗撮に成功していたか……!

 いや、落ち着け。まだ、涼風さんを守ることは可能。

 大事なことは一つ、涼風さんを不当に傷つけることなく亀田が持っているであろうデータを破棄することだ。


 亀田がその場を後にしてから、俺は涼風さんの下駄箱に向かう。

 念のため、キョロキョロと周囲を見回し、人がいないことを確かめてから下駄箱を開け、中に入っていた封筒を取り出す。

 封筒の中には手紙が一枚と、写真が数枚入っていた。


『君の秘密を握っています。秘密をバラされたくなければ放課後、旧校舎の空き教室に来てください』


 手紙の方はありきたりな脅迫文だ。

 シンプルだがそれ故に相手の不安を簡単に煽ることが出来る。何と恐ろしいのだろう。

 そして、写真の方は涼風さんと魔法少女スピカの写真が一枚ずつ入っていた。

 厄介なのは、二人ともポーズもいる場所もほぼ同じということ。写真には丁寧に日付と写真を撮った時間まで載っている。

 これが、涼風さんと魔法少女スピカが同一人物であるということをより確かなものとしている。


 くっ! 卑劣な……!


 思わず封筒を握りしめる。

 とにかく、今日の放課後が勝負だ。空き教室で俺は亀田と戦う!


「あれ? 冴無君?」


 胸の前で拳を握り、覚悟を決めていると後ろから声をかけられた。

 慌てて封筒を後ろに隠し、振り返るとそこには涼風さんの姿があった。

 今日は体育の授業があるからかポニーテールにしているようだ。可愛い!


「や、やあ、おはよう涼風さん」

「おはよう、冴無君。ところで、私の下駄箱の前で何をしているのかしら?」


 その言葉と共に涼風さんがジト目で俺を見つめる。


 や、やばい……! 

 いや、落ち着け。俺は冴無、涼風さんは涼風、つまり、”さ”と”す”で俺と涼風さんの出席番号は近い!


「や、やだなー。俺と涼風さんは五十音で並べたら近いじゃないですか? 俺は俺の下駄箱の前にいただけですよ」


 完璧な言い訳だ。

 これにはさすがの涼風さんといえど反論できまい。

 完全勝利を確信し、ウインクもしておいた。

 そんな俺に対して、涼風さんは微笑む。


 ふっ。これが俺の知略。現代の諸葛亮孔明とは俺のことよ。


「そうね。確かに、冴無と涼風は出席番号が近いわね」

「ですよね!」

「でも、冴無君は私とは違うクラスよね?」


 空気が凍り付く音がした。


「もう一度聞くわね。冴無君、私の下駄箱で何をしていたのかしら?」


 微笑んでいる。

 涼風さんは確かに微笑んでいるのだが、何故だろう。背中が寒いんだ。

 もしかして、涼風さん俺を魔物と勘違いしてない? ほら、俺にフリーズは撃たないでくれよ……。


 冗談はさておき、どうする?

 ここは冷静に考えてみよう。


①正直に話す。


『実は、涼風さん脅迫されてたんだよ。ほら、これ見て』

『これは……脅迫状! まさか、この間のことに懲りずにまた私を脅迫しようとしたの? 信じられない! 変態!! 嫌い!!!』


 前科があるせいで、俺が真っ先に疑われそうだ。却下!


②誤魔化す。


『ハハハ! いい香りに誘われてきてみたら、涼風さんの下駄箱だっただけさ。フローラルで素敵な香りを朝から楽しめたよ。ありがとう、子猫ちゃん』

『人の下駄箱で……変態! 嫌い!!』


 うん。これは俺でもひく。


 考えろ、考えるんだ。この状況を打開する秘策を!


「黙ってたら何も分からないわ。何もないならないでいいの。正直に話してくれない?」


 優しく語り掛けてくる涼風さん。相変わらず優しい人だ。

 だからこそ、やっぱり正直には伝えられない。

 何度も脅迫されたとなれば、流石の涼風さんだって少なからずショックを受けるはずだ。

 一度脅迫した男が何を言っているのかという感じだが、それでも、もう涼風さんには不当に傷ついて欲しくない。


「すいません! 今は見逃してください!!」

「ちょっと、冴無君!」


 涼風さんの声を背に俺はその場から離れた。

 勿論、逃げれば怪しまれると分かっている。涼風さんの俺への好感度は下がっているに違いない。

 だが、そんなことはどうでもいい。涼風さんを守ることが出来れば、世界を守ることが出来れば、俺一人が悪者になったって構わない……!

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