第6話 盗撮魔②

 時折、涼風さんの訝しむような視線を感じつつ、遂に放課後がやって来た。

 ターゲットの亀田は涼風さんと同じクラスだ。

 亀田が自身のクラスを出たことを確認し、亀田の後を追う。


 予想通りというべきか、亀田が向かったのは旧校舎の方だった。

 普段は芸術関係の授業で使われることが多いこの校舎だが、老朽化により、もう直ぐ取り壊されるらしい。

 化け物が出るという噂もあり、ここに近づく生徒はそうはいない。


 窓からの光だけが差し込む薄暗い部屋の中で亀田はニタニタと不気味な笑みを浮かべていた。

 大方、もう直ぐ涼風さんを自分のモノに出来ると息巻いているのだろう。

 だが、残念だったな! ここに来るのは涼風さんではない!


「随分と楽しそうだな?」

「!?」


 俺の登場に大きく目を見開き驚く亀田。

 そうだろう。まさか、やって来たのが涼風さんではなく、俺だとは予測できまい。


「生憎と、お前の目当ての女性は忙しくてな。代わりにこの俺が来てやったってわけだ」


 なんかちょっと楽しくなってきた。

 亀田からすると、きっと俺は途轍もなく強大な敵に見えるだろう。

 さあ、亀田。お前の目論見はここで終わりだ――!


「だ、誰?」

「あ、え……」

「いきなり表れて自己紹介もないのはちょっとどうかと思うよ」

「あ、あの……冴無良平です」

「……本当に誰?」


 学年内なら自分の名前くらいは知られているんじゃないかってうぬぼれる時、誰だってあるよね。


「いや、あの隣のクラスの出席番号13番なんだけど……知らない?」

「ごめん……」

「いや、全然謝るようなことじゃないから! 本当に、気にしないで!」


 申し訳なさそうに視線を落とす亀田に慌ててフォローを入れる。

 俺の名前くらい寧ろ知っている人より知らない人の方が多いからね!


「そ、そっか。それじゃ、僕はもう帰るね。冴無君……だったよね? 君も遅くならないうちに帰るといいよ」

「あ、うん。それじゃ、また――って、待てええええ!!」


 そそくさと俺の横を通り抜けようとする亀田の肩を掴む。

 突然肩を掴まれた亀田は小さく舌打ちをした。


 あ、あぶねえ。

 いつの間にか気まずい空気を生み出され、うっかり亀田を帰らせてしまうところだった。

 流石は涼風さんを脅そうとした男だ。油断も隙もない。


「冷静に考えたら俺が誰かなんてどうでもいいんだよ! 亀田、お前に涼風さんは渡さん!」


 強く亀田を睨みつけると、亀田は一瞬だけ怯んだ様子を見せる。だが、直ぐに俺を睨み返してきた。


「君は、涼風さんの何だって言うんだ」

「そ、そんなことはどうでもいいだろ!」

「……なるほど。そこで誤魔化すってことは、君は涼風さんにお願いされてここに来たわけじゃないってことだ」


 な、なんだこいつ!

 いい勘してやがる……まさか、亀田は俺が思う以上に凄い奴なのか!?


「冷静に考えたらおかしいよね。僕は君が持ってるその封筒を確かに涼風さんの下駄箱に入れた。それにも関わらず、君がその封筒を持っている」

「こ、これはあれだ! お前が怪しいから、封筒を俺が確認したんだ!」

「人の手紙を勝手に覗き見るなんて最低な行為だよ」

「ぐふっ!」


 亀田の一言は俺の心にクリーンヒットした。

 ど、ど正論だ。


「涼風さんの下駄箱を勝手に覗き、結果的に涼風さんを僕の脅迫文の脅威から守ったつもりかい?」

「そ、そうだ!」

「世間ではそういう人をストーカーって言うんだよ」

「グハァッ!!」


 見事な口撃だ。

 膝ががくがく震えて来た。なんと恐ろしい言葉責めだ。

 俺が悪い奴な気がして来た。

 いや、だからこそここで倒れるわけにはいかない。涼風さんを亀田の言葉巧みな心理戦の餌食にするわけにはいかないのだから。


 大丈夫。俺には逆転の切り札がある!


「それを言ったら、亀田だって人を脅迫するなんて最低だぞ! ぐはあああ!!」

「えええ!?」


 がくりとその場に膝をつく。

 し、しまった……涼風さんを脅迫したという点において俺と亀田は同類だった。

 俺の切り札は亀田を追い詰めると同時に俺を苦しめる諸刃の剣だったのだ。


 え、いや、ちょっと待って。

 この時点で亀田と俺って、俺の方が悪いことしてるくね……?


「くっ……! つ、強い……。やるな、亀田……」

「いや、君が勝手に苦しんでるだけなんだけど……」


 まるで自分は何もしていないかのような言い草だ。

 おのれ、この期に及んで言い逃れをするつもりか。


「ま、まあ、いいよ。今日は大人しく帰ることにするよ。それと、もし次僕の邪魔をしたら、君がストーカーしていることを涼風さんや先生、学園の生徒たちに広めるよ」

「脅しのつもりか? バカめ。例え俺がストーカーだとしても、証拠が無ければそんな噂に力なんてない!」


 俺がそう言い放つと、亀田はニチャアと笑いながらポケットから小さな機械を取り出す。

 そして、亀田はその機械を何度か操作してから、俺に見せつけるようにボタンを押した。


『――俺がストーカー』


 その機械から流れる音声は紛れもなく俺の声だった。


「よかったよ。君が危機管理能力の乏しい単純バカで」

「ボ、ボイスレコーダーだとおおお!!」


 こうして、準備の差で俺は亀田に敗北を喫した。

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