第4話 魔物との遭遇②

 星のように煌めく白銀の髪に、青を基調とした少々露出が多いコスチューム。

 前世で何度も見た魔法少女スピカがそこにいた。


 う、美しい……。この姿、正に天上から舞い降りた女神そのもの!


「どこか怪我はないかしら?」


 思わず見惚れていると、再度スピカが問いかけて来た。


「だ、大丈夫です! 助けてくれてありがとうございます!!」


 慌てて額を地面につけお礼を言う。

 すると、何故かスピカはクスッと笑みを漏らした。


 え、可愛い。


「あ、ごめんなさい。ただ、ちょっとおかしくって」


 おかしい?

 まあ、確かに俺の顔は『点と線だけで書ける』と中学時代のクラスメイトに言われたほどある意味特殊な顔だが、そんなにおかしいだろうか?


「オ゛……オ゛オ゛……」


 そうこうしていると、氷漬けにされた魔物が動き出した。


 ば、バカな! 氷漬けにされても動くなんて、途轍もない根性だ!


「まだ動けたのね」


 動揺する俺とは対照的にスピカは冷静だった。

 彼女は、魔物を一瞥すると俺を安心させるかのように微笑みかける。だが、そんな彼女目掛けて魔物は腕を振りかぶる。

 

「大丈夫」

「い、いや! 後ろ!!」


 魔物の腕が振り下ろされる。

 

「もう、終わってるから」


 次の瞬間、彼女が指を一鳴らしすると、魔物はハンマーで殴られた氷の様に粉々に飛び散った。


「ダイヤモンドダスト。あなたに恨みはないけど、人を襲うなら容赦はしない」


 どこか憂いを帯びた表情で、彼女はキラキラと舞い落ちる魔物だった氷の粒を眺めていた。


 か、かっけえええええ!!

 こ、これが最強と呼ばれる魔法少女!

 美しくて、強い! 

 何とかこの少女を自分のものにしたいって思う奴らが多いのも納得だぜ!


「それじゃ、私はもう行くわ。夜は魔物の活動も活発だから早く帰りなさい」


 そう言うと、彼女は何処かへと飛び去ろうとする。


「ま、待ってくれ!!」


 そんな彼女を俺は慌てて呼び止めた。


「なに?」


 足を止め、丁寧にこちらに身体を向けるスピカ。

 

 よし、ここでちゃんと彼女には伝えておかなくてはならない。


「盗撮には気を付けて!!」

「え? わ、分かったわ」

「それと!!」


 思った以上に大きな声が出た。スピカも少しだけビクッと肩を震わせて、まだあるの? と言わんばかりの表情で俺を見ている。

 寧ろ、ここからが大事だ。


 スピカは長きに渡る戦いの末に、人間に絶望することになる。だが、彼女は知っている。

 この世界には悪い人間ばかりではないことを。だから、どれだけ人間たちに酷いことをされても彼女は最後まで戦おうとしていたのだ。

 まあ、そんな彼女でも堕ちてしまうほど酷い未来が待っていたわけだが。


 何はともあれ、そんな彼女に俺たちが真に伝えなくてはならないことは一つだけだ。

 この一言で、俺は彼女の未来を変える!


「助けてくれてありがとう!! 大好きだああああああ!!」


 魂からの叫びが響き渡り、スピカは目を丸くして固まった。


 あ、あれ? 大好きだってつい口から出たけど、これってヤバくないか?

 ただでさえ昨日、俺は涼風さんを脅迫して好感度が下がってるのに、ここで「大好き」なんて言っても、涼風さんからすれば恐怖でしかないはずだ。


 し、しまったああああ!

 今世でスピカのおっかけするくらいファンだった弊害が出てしまったああああ!!

 

 頭を抱えて、地面に膝をつく。

 やらかしてしまったという後悔しか胸には無かった。だが、そんな俺に向けて、スピカは柔らかな笑みを浮かべ、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


 なっ……可愛い。


 気付けば彼女は公園から姿を消していた。

 暫くの間、魔法少女スピカもとい涼風星羅という少女の可愛さで頭がパンクしていた俺だったが、漸く正気を取り戻し、大人しく家に帰った。


 あ、そういえば盗撮魔のこと忘れてた。



***



「へ、へへ。へへへへ。ま、まさかスピカの正体が涼風さんだったとは思わなかったよ……」


 薄暗い街の中を一人の少年――亀田東里は早歩きで進んでいく。

 彼の手にはカメラが一つあった。


 魔法少女スピカのファンである彼は、たまたま街を歩いているところで同じ学園に通う生徒会長の姿を見つけた。

 どこか必死な表情で街を駆け抜ける彼女を追いかけた理由は、彼にもよく分からない。だが、結果として彼は思わぬ収穫を手にしたのだった。


(この写真をどうしようか……。これを使って涼風さんを脅す……とか? いや、でも流石にそれは……)


 東里が葛藤していると、不意に彼の耳にしゃがれた声が響く。


『欲望のままに生きようじゃないか』


 突然の声に、驚き辺りを見回す東里だったが、周りには誰もいない。

 強いて言えば、街灯に照らされた自分とその影があるくらい。


 気のせいかと思いつつ、東里は中断していた思考を再開させる。


(ええっと、それでなんだったっけ……。ああ、そうだ。この写真を使って涼風さんを脅すんだ。へへ、楽しみだなぁ。待っててね、涼風さん、いや、スピカ。君は僕のものだ)


 その時にはもう、彼の頭の中は自身の欲望を満たすことでいっぱいだった。

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