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 *


 出立の夜。

 現地ガイドのまわしてくれた四輪駆動車にのりこむと、


 「…降りなさい、」


 体格のよい現地ガイドのとなり、助手席には当然の顔をして、


 「遅いですよ、博士!」


 青年が座っていた。


 いつもと変わらずの白衣姿で。シートベルトをはめた膝には愛用のノートと、ドーナツの包みを抱えて。


 「……降りなさい」

 「ぼく山なんてはじめていきますよ! 空気が薄いなんて緊張しませんか? 酸欠になったらどうしよう! ほんとうに一〇〇メートルごとに気温が、」

 「……降りなさい、キミはお留守番だ」

 「博士、ひとりじゃさびしいでしょう? ひとりなんてよくありません、せっかくのお花見に! 人事課長がサクラは見ておくからと仰ってくれて、大丈夫です! ぼく、ぬかりないんですよ、そういうのは! あまりのドーナツも帰ってからすぐに食べられるように! 冷凍庫に入れてあります、冷凍種子のよこに! それでドーナツの内径の、あ! もうでないとまにあわないって! つづきは車内で! それで、博士、」


 はじめての『お花見』にいつになく興奮する青年の横で憐れむようなガイドの眼差しに、博士はもう、小さく頷くしかできなかった。

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