dark Coffee

1


 *


 ソノクニ国立大学の研究者からタカーイ山麓にある集落への爆撃が激化しはじめたとの知らせが届いたのは、博士のアカツガザクラが花を終える夏のはじまりだった。


 空爆ならタカーイカールもやられるかもしれない。


 博士は希少な亜種を保存すべく、株採取のためタカーイカールに向かうことにした。




 「あしたからしばらく研究室をあける。留守を頼む」

 「旅行ですか? どこへいくんですか? なにしにいくんですか? ひとりでいくんですか?」

 「タカーイへ、ベニツガザクラの株を採取しに。現地ガイドが案内してくれることになっている。いつ帰るかはわからない。温室と冷凍庫と、それから、」

 「はい! はいはい! 大丈夫!」

 「あぁ、ドーナツをカビさせないように気をつけなさい。お茶をこぼしたら拭くように。掃除も、」

 「はい! はいはい! いつもやってるんだからわかってますよ!」

 「いつも大丈夫じゃないからっ、」

 「安心して、いってらっしゃい!」


 その珍しく素直なさまを疑う余裕も、そのときの博士にはもうなかった。

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