オリオン座の戦士

 翌朝。

 昂輝たちが朝食をとっていたとき、近所の人たちが裏口から押しかけてきた。


「朱鷺さん! 大変だ!」

「領主が、朱鷺さんの診療所をつぶすって…」

「武装してこっちに向かってるよ!!」


 慌てふためく彼らから話を聞き、朱鷺は足早に外へ出ていく。昂輝も朝食を中断して、祖父のあとを追う。

 外は町の人たちでざわついており、彼らの視線の先には海のように深い青色の鎧を身につけ、手には無数のトゲが付いた六角形の棍棒メイスを握った領主の姿があった。


「ジジイ! 痛い目にあいたくなければ早急に立ち退け!」


 強気な姿勢の相手に、朱鷺はひるむことなく冷静な態度で接する。


「つくづくあきれる男だ。言うことを聞かなければ武力行使ぶりょくこうしか」

「黙れ!! 俺の言うことを聞かないおまえが悪いのだ!!」

「聞くわけないだろ。おまえさんの色欲のために診療所をつぶさせるわけにはいかない」

「この…老いぼれがァッ!!」


 逆上した領主が棍棒を振りあげる。


「じいちゃん!!」


 昂輝が祖父を助けようと走ろうとしたとき――。


「やめなさい!! オライオン!!」


 凛とした少女の声が響く。昂輝が振り返ると、アストレアが領主――オライオンを厳しいまなざしで見据みすえていた。

 オライオンは怪訝けげんそうにアストレアを見る。


「…小娘。なぜ俺の名を知っている?」

「知って当然。あなたの奥方おくがたが、わたしの両親の知人ちじんだからです」


 アストレアは堂々とした姿勢で歩き、オライオンの前に立つ。


「わたしの名はアストレア。デウスとセレスの娘です」

「デウス元帥げんすいの娘だと!?」


 オライオンの驚いた様子と“元帥”という階級を聞いて、昂輝は目を見張った。


(元帥って…。それじゃあ、アストレアの父親は――!!)


 宇宙連合コスモス・ユニオン総大将トップ

 その事実に昂輝が愕然がくぜんとなる一方、オライオンは声を荒らげて否定する。


「元帥の娘が、地球にいるはずがない!! 証拠はあるのか!!」

「証拠は…ありません!!」


 はっきりと答えるアストレアに、オライオンは拍子抜けしてしまう。


「俺をバカにしているのか?」

「私が元帥の娘である証拠はありません。ですが…あなたがやろうとしていることは間違っている!」


 アストレアはオライオンのおこないを、はっきりと否定した。


「地球人を困らせて、言うことを聞かないなら暴力を振るう。こんなことばかりしていたら、いつまでたっても地球人とわかり合えることはできないわ!」

「…地球人とわかり合う?」


 アストレアの言葉を聞いて、オライオンは鼻で笑う。


「小娘。貴様はなにもわかっていない! われら星人ほしびとは地球人とわかり合おうなどと思っておらんわ!! そんなバカバカしいことを考える星人ほしびとなど排除だ!」


 オライオンが、アストレアに向けて棍棒メイスを振るう。しかし、それは割り込んできたジンの刃によってはじかれた。


「ナー!」


 ジンは素早い動きでオライオンのふところに潜りこむと、頭上に目がけて尾の刃を振りおろす。刃は直撃するも、相手の鎧を壊すことはできなかった。


「ぐう…トカゲの分際でえッ!!」


 オライオンはジンの首をわしづかみ、石壁に勢いよく投げつけた。強くたたきつけられ、ジンはその場にうずくまってしまう。


「ジン!」


 アストレアはジンに駆け寄る。

 ジンは痛む体を起こし、アストレアを守るように前へと出た。


「ナナナ!」

「“姫さまをバカにするな。デカブツ”だと! 貴様も小娘と一緒に排除してくれる!」


 オライオンの棍棒メイスが、アストレアとジンに向けて振りおろされる。そのとき昂輝が走ってきて、ぎりぎりのところでアストレアとジンを助けた。


「あっぶねー…」


 地面にめりこんだ棍棒メイスを見て、背筋が寒くなる。しかしアストレアとジンの無事を確認して、昂輝はほっと胸をなでおろした。


「大丈夫か?」

「うん。ありがとう、コウキ」


 アストレアがお礼を伝えると、昂輝は彼女の頭を優しくなでる。


「お礼を言うのは、俺のほうだ。ありがとう、アストレア。おまえの勇気が、俺の迷いを吹き飛ばしてくれた」


 昂輝は立ち上がると、オライオンをにらみつけた。


「じいちゃんの診療所をつぶすだけでなく、同族…子どもにまで手をかけようとするなんて――。本当に最低なやつだな。大人として恥ずかしくないのか」

「なに…?」

「子どもでもわかることを、おまえはわからないのか? だったら、大人の俺がはっきり言ってやるよ」


 昂輝は深呼吸すると、鼓膜が震えるぐらい叫んだ。


「女好きのてめぇのせいで、みんなが迷惑してんだよ!! とっとと宇宙の彼方かなたに帰りやがれ!! モジャモジャ筋肉ダルマ!!」


 威勢よく啖呵たんかを切った昂輝に、オライオンの怒りが頂点に達した。


「生意気な地球人め…。この俺を怒らせるとは、いい度胸だ!!」


 オライオンが着装ちゃくそうする鎧が、あおい光を放って輝く。


「オリオン座の戦士、オライオンを本気にさせたこと…後悔させてやる!!」

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