心を交わす

 ご飯を終え、お風呂を済ませたあと、昂輝はアストレアとジンを自室へ連れて行った。天体や星座の本、望遠鏡など…星に関する物が飾られた部屋にアストレアは歓喜する。


「すごい! 地球の本は個人で持てるようになっているのね!」

「アストレアの故郷は違うのか? 地球じゃあ本は店で買ったり、図書館っていう公共施設って借りたりするぞ」

「図書館はあるけど、借りるっていう方式はないわ」

「じゃあ図書館でしか本は読めないのか」


 自由に本が読めない環境に、昂輝は不便だと感じた。


「スマートフォンっていう小さい機械でも本が読めるぞ」

「そうなの?」

「ああ。でも日本はモジャ…いまの領主のせいでネットワークを止められてな。スマートフォンとかの機器が使えなくなったんだ」


 情報の錯綜さくそうを防ぐためという建前で、日本はネットワークができない環境になってしまった。そのためいまの日本は、新聞紙や本などの紙媒体かみばいたいが復活した。


「俺はもともと紙の本が好きだけどな。すぐに見たいページを開けるし」

「わたしも紙の本が好き! ねえ、コウキ。星座の本はある?」

「あるぞ。う〜ん、アストレアにもわかりやすいやつがいいか」


 昂輝は本の背表紙を指先でなぞりながら、ある一冊の絵本を取りだす。


『十二の星のものがたり』


 絵本を受けとったアストレアはベッドに飛び乗り、うつせになって読みはじめるが…。わずか一分いっぷんで寝落ちしてしまった。


「寝るの早っ…」


 昂輝はそうつぶやくも、アストレアを抱きあげ、頭を枕のうえに乗せる。掛け布団もかけてやり、絵本は起きたらまた読むだろうと思って、サイドテーブルに置いた。


(疲れていたんだろうな。遠い星から宇宙船に乗って地球に来たんだ。不安もあったはず…)


 ふと、昂輝は重大なことに気づく。


(そういえば、アストレアが地球に来た目的ってなんだ?)


 ただの観光なら団体旅行客が使用している大型宇宙船に乗るはずだ。なのに、アストレアはカプセル型の小さな宇宙船に乗っていた。またこんな小さな女の子を親がひとりで地球に送りだしたとは考えにくい。

 昂輝が考えていると、少し離れて様子を見ていたジンが歩み寄ってきた。


「ナー」

「どうした? ジン」


 ジンは、サイドテーブルに置いてある写真を尻尾の刃で示す。昂輝はジンと写真を交互に見て、ジンの言っていることを理解する。


「ああ。このふたりは俺の妻と娘だ。…もういないけどな」

「ナー?」

「…死んじまった。戦争に巻き込まれて」


 昂輝はあのときの出来事をジンに語る。


「ロシアのモスクワっていう町で暮らしていたんだ。そこに宇宙連合コスモス・ユニオンが爆弾を落としていった」


 一瞬だった。爆発したそれは大きな閃光を放って、建物と人々は星屑となって消滅した。


「モスクワだけじゃない。光は周囲の町にも広がって星屑に変えていった」


 あとはなにもない真っ白な大地だけが残った。


「娘…紬星って名前で、まだ四歳だった。パパが帰ってきたら…ママとおじさんと一緒に星空を見に行こうって約束してたんだ。それなのに…」


 当時の怒りと悔しさ、悲しみが込み上げてくる。ジンに言ったところでなにも変わらない。昂輝は、そう思っていた――。


「ナー…」


 ジンの呼び声に、昂輝は顔をあげる。そこにはこうべを垂れたジンの姿があった。


「ナナ、ナナナナ。ナナナナ、ナー。ナナナ」


 なにを言っているか全然ぜんぜんわからない。だが昂輝はジンのしぐさと表情から、なんとなくではあるが相手の言いたいことは理解できた。


「おまえは謝らなくていい。戦争には関わっていないんだろ」

「ナー」

「ごめんな。こんな話をしちまって…」

「ナナナ」


 ジンは首を横に振る。気にするな、とでも言っているのだろう。


「おまえ、いいやつだな。…まだちょっと怖いけど」

「ナ!!」


 心外だと思ったのか、ジンは刃の反対にあるみねの部分で昂輝の頬をペシペシたたきだす。刃ではなく峰で攻撃するようになったジンに、昂輝は内心ほっとした。

 ベッドはアストレアが使っていたため、昂輝はジンと一緒に床で寝ることにした。不思議なことに、妻子を失ったあの日の夢を見ることなく、ぐっすりと眠れた。

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