クランクハイト 3

 ひとしきり子供達と一緒に木刀を振った後、俺はそのまま、学校の給食を子供達と一緒に食べることになった。ムーテルが一人分多めに作ってくれたという。俺はありがたく教室で――子供達が我先に俺の隣に陣取ろうとするので面食らったが――ごちそうになった。

 そのまま掃除の時間になる。

 俺も手伝おうとしたが、エリスやミアに止められた。

「臨時講師に掃除までやらせるわけにはいかないよ」

「エリス先生の言うとおりだよ。とりあえずゆっくりしていて」

 しかし、教室にいても子供達は掃き掃除をしたり、床を雑巾で拭いたりするので忙しく、邪魔になりそうだ。俺は言われたとおり校庭でのんびりすることにした。ちょうど校庭の片隅のベンチにはいい感じに木が陰をおろしていて、涼しい。

 学校の建物の向こうにそびえる、漆黒の防疫壁が目障りだが。

 俺はそのままのんびりと過ごしていたが、ふと、焼却炉の前に腰を降ろしている女の子が目についた。腰を下ろしたまま、何度もマッチを擦っている。見かねたミアが、その子のところに近づいた。

「どうしたの? ヘレーナ」

「マッチ、湿気ているみたい。火がつかないの」

「貸してみて」

 ミアもまた、マッチを擦ってみる。しかしうまくいかないようで、彼女は同じ動作を何度か繰り返した。

「やっぱりダメね。この間まで雨が降ったからかな」

「どうしよう、ゴミはけっこうたまってるのに」

「私で何とかする」

 ミアはマッチの箱をポケットにしまった。焼却炉の中に溜められたゴミに向かって、両手をかざす。

その動作を見て、俺はベンチから立ち上がる。

「何をするつもりなの? ミア。まさかあれを」

 へレーナがあたふたしても、ミアは平気な様子だ。

「ちょっとくらいなら大丈夫でしょ」

「でもみんなあれを使わないし、使っちゃだめって」

「壁の外で嫌な目に遭ったからでしょ。あれのせいで」

 ミアの両手の間に、小さな輝きが灯る。輝きは大きくなり、揺らぐ火になった。ミアはその火を焼却炉のゴミに近づけ、火を移そうとする。

「よせ! ミア」

 俺は後ろからミアの両肩を引いた。後ろから唐突に引っ張られて、ミアが短い悲鳴を上げながら地面に後ろ手をつく。

 ミアが両手から発した火は、空中でまどろんで消えた。

「クランクハイトを使ったな!」

 見上げてくるミアに、俺は怒鳴りつける。

「むやみに使うなと俺やエリスも言っているはずだ。聞いていなかったのか!」

 普段は勝気で、男の子相手でも後に引かないミアが、俺に怯えた目を向け、手を震わせる。

それでも俺は続けた。

「クランクハイトを使えば簡単に火を起こせるし、ものを凍らせることもできる。だが同時に体を痛めつける」

 俺は説教など得意ではない。よく年下に甘いとエリスにも言われる。だがここは、厳しく言わなければならなかった。

「ハナミズキが植えられている。学校の門の脇に」

ミアは黙ったままじっとこちらを見つめている。

「三年くらいでやっと、俺と同じ背丈になった。お前達が毎日のように水をやって、手入れをしたおかげだ。だが何かのきっかけで火がついたら、一晩で燃え尽きる。クランクハイトも同じだ。その手から火を出したら、その分だけ寿命を大きく縮める」

 人体など、そう頑丈などではない。容易く扱えるはずのない力を使えば、脆く崩れ落ちる。

「……ごめんなさい。もうあんなことしない」

 ミアがうつむき、その栗色の瞳が揺れた。隣のへレーナも目に涙を浮かべている。

 これ以上厳しくすべきじゃない。

「……いいんだ。俺も乱暴して、悪かったよ」

 俺はミアの手を取った。彼女を立たせる。

「服にも砂がついてしまったな。へレーナ、払ってやってくれないか」

「う、うん」

 へレーナは言われるまま、ミアのスカートについた砂を払い始める。

「ナオトって、叩いたりしないんだね」

 ミアが上目遣いのまま笑みを浮かべた。

「どうして叩かれると?」

「叩かれたことがあるから。壁、防疫壁の外で」

 俺はミアの頭に手を載せた。彼女のさらさらした髪を撫でる。

「叩くわけないだろ。俺からしたら、ミアは大事な人だ。そんな乱暴はしないよ」

 ミアが頬を染めた。

「そんなことを言ってくれる人、壁の中に入ってから会えるなんて思わなかった。私ってみんなと同じく親に捨てられたから」

 四年前、もっと幼かった頃のミアは、暴徒と化したレヴォルツィオンの構成員によって母親もろとも襲われた。そのとき、クランクハイトを発症したミアは炎でレヴォルツィオンの構成員を焼き払い、かろうじて自分自身と母親を守ったという。だが今度は、自分を愛してくれるはずの母親から化け物扱いされ、拒まれて、防疫壁のこちら側に流れ着いた。

 エリスから聞かされた、ミアの過去。

 似たような境遇の子供は、防疫壁のこちら側にたくさんいる。血の繋がった家族と一緒にいることのほうが稀だ。

 俺はミアの頭から手を離した。

「……掃除の邪魔をしてごめんな。へレーナもびっくりさせた。続けてくれ」

「へレーナ、行こう。エリス先生が新しいマッチを持ってる」

「うん」

 二人が俺に背を向ける。

 一つの懸念が、俺の頭をよぎった。

「ミア、もう少し待ってくれ」

 呼び止める。「何?」とミアは栗色の瞳をこちらに向けた。

「もしどこか痛くなったら、エリスでもムーテルでもいい。すぐに周りの人に言うんだ。絶対に我慢するな」

 ミアの瞳に不安の影がよぎる。

「わかった」

 エリスやムーテルに話を通しておかないといけないな、と彼女の背中を見送りながら俺は思った。

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