第2話 二人の初仕事

 次の日。起きたばかりの俺は、エピカの部屋に連れ込まれた。


「うおっ……。」

 俺は、突然の出来事に驚く。

「さあ!早く着替えるわよ!」

 エピカは俺の手を引く。俺はまだ眠いのだが……。

 エピカにされるがままになっていると、いつの間にか変装用の服に着せ替えられていた。


「よし、完璧ね!さすが、私が考えた衣装だわ!」

「な、なんだよこれ…?」

 戸惑う俺に、エピカは何かを押し付ける。


「はい、これ!怪盗の仕事の時、つけるのよ!」

 押し付けられたそれは、カラーコンタクトのようだった。綺麗なエメラルドグリーンだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。」

 俺は、混乱する頭を整理しようとする。

「これは……どういうことなんだ……?」

 すると、エピカは得意げに言った。


「だから、怪盗をやるんでしょう……?」

「そういう意味じゃなくて……。」


 確かに昨日、『二人で』怪盗をやる、とは言っていたが、急な話についていけない。

(なんで俺まで……。)

 すると、エピカは笑顔で言った。


「大丈夫よ!あなたは、私のサポートをしてればいいの!私は、一人でもできるけど、あなたがいたらもっと楽になるし!」

 俺は、エピカの言葉を聞いて納得した。

(なるほど……!一人より二人ということか……!)


 ……いやいや、それもそうだが、聞きたいのはそれだけじゃない。

 危ない危ない…勢いに絆されるところだったぜ……。


「……なあ、この衣装はどうしたんだ?俺のサイズに合わせてあるみたいだが……。」

「ああ……。それね。実は、あなたのサイズに合わせたものを作るように頼んでいたのよ。」

「そ、そうなのか……。」

(いやいや……そんな簡単に作れないだろう……。)

 俺は疑問に思った。しかし、エピカは気にせず続ける。


「ふふん……。私の針子たちは、優秀なのよ!昨日、あなたの服のサイズを調べさせて、早速作ってもらったの。もちろん、私の衣装もあるわよ!」

 そう言って、エピカは自分の衣装を見せる。俺の衣装とお揃いのようだ。


ちなみに、どちらも黒を基調としていて、エピカが赤、俺が緑だ。おそらく、髪色に合わせてあるのだろう。ストノスの髪は、常磐色だった。


(なるほど……。この衣装は、エピカがデザインしているのか……。)

 エピカのセンスの良さには驚かされた。

 俺が感心して見ていると、エピカが声をかけてくる。


「どうかしら……。似合ってるかしら?」

「あぁ……。とてもよく似合っているぞ……。」

 これは本心だ。彼女の真紅の髪が、暗い衣装に映える。


「本当!?嬉しいわ!!」

 エピカは嬉しそうにしている。

「それでね……。今日は早速、どこかに原石を盗みに行こうと思うのよ!」

(今日!?)

俺は驚いてしまった。まだ、屋敷に来て一日しか経っていなかったからだ。


 エピカは、さらに言葉を続ける。

 俺は、エピカの話を聞いていくうちに、だんだん不安になってきた。

 そして、俺は思わず口を挟む。


「いやいや……。場所も決めずに盗むのか!?」

 すると、彼女はしまった、という顔になった。

「えっと……。そういえば、どこがいいかしら……。」

(おいおい……。)

俺が呆れていると、エピカは何か思いついたような顔をした。


「あ!そうだわ!あなたは、宝石に詳しいわよね?だったら、どこが良さそうか考えなさいよ!」

 そう言ったかと思うと、彼女はとこからかノートパソコンを引っ張り出してきた。そして、電源を入れると、すぐにインターネットに接続した。


(何するつもりだ……?)

 俺は、彼女の行動に疑問を抱きつつ、検索結果を見てみると、そこには有名な博物館の名前があった。


「あー……ここなら、確か近かったはずだな……。」

「そうなの!?じゃあ、そこにしましょう!」

「ちょっと待て!こんなに有名な場所だったら、すぐに見つかっちまうだろ……。」

「あら……。それは困ったわね。」

「だから、もう少し規模が小さい場所にしよう。」

 俺は、提案した。

 エピカは少し考えて、俺の提案を受け入れてくれた。

「そうと決まれば、作戦会議よ!」


 彼女の一声で、俺達は博物館の近くにあるカフェで作戦会議をしていた。

 俺は、紅茶を飲みながら、先程見たホームページを思い出す。

 そのページによると、あの博物館は最近改装工事をしたらしい。

 なんでも、展示品を増やしたり、イベントホールを作ったり、と様々なリニューアルを行ったそうだ。


「でも、そんなことをしたら警備体制とか厳しくなってるんじゃないか?」

 俺の問いに、エピカは答える。

「大丈夫よ!私達の目的は、原石なんだし……。それに、警備員に気付かれずに、偽物とすり替えちゃえばいいじゃない!」

 少し心配になったが、確かにそれが一番安全かもしれない。

 俺は、「分かった。」と言って、了承する。

 エピカは満足げな表情を浮かべていた。


(本当に……大丈夫だろうか……?)

 正直なところ、俺には自信がなかった。しかし、エピカを信じることにしたのだ。

 エピカは、俺の手を取り言う。

「実行は、今夜ね!準備するわよ!!」

 こうして、俺たちの初仕事が始まった。


***

 俺たちは一度屋敷に帰り、準備をすることにした。使用人たちに怪しまれないよう、なるべく普段通りを装っていた。


 そして、夜になった。俺は、自分の部屋で、変装の準備をしている。

(この衣装は、どうやって着ればいいんだ……?このベルトみたいなのは……?あぁ……もう……!)

 着替えに苦戦していると、ドアがノックされた。


「ストノス……!私よ!!入ってもいいかしら?」

 エピカの声が聞こえる。

「ああ……。どうぞ……。」

(どうしたんだろうか……。)

 俺は疑問に思いながらも返事をする。


 エピカは、すでに変装を済ませていたようだ。部屋に入ってくるなり俺の顔を見て言った。

「ふふっ……。なかなか似合ってるじゃない!」

「そりゃ、どうも……。」

(これは……恥ずかしいな……。)

 俺は、思わず目を逸らす。

 するとエピカは、俺の顔を見上げて首を傾げる。


「あら?カラコンはつけてないの?」

「いや……。実は俺、カラコンつけるの初めてで……つけ方が分からないんだよ……。」

「そうなの!?じゃあ、私が付けてあげるわよ!」

 エピカはそう言って、俺の前に座ると、慣れた手つきでコンタクトレンズをつけていく。

(エピカって、こういうのに慣れてるのか……。)

 俺は、エピカが器用なことに感心していた。

 エピカは、付け終わると鏡を差し出す。


「はい!これでオッケーよ!!確認してみる?」

「いや、別に……。」

 俺は断ろうとした。だが、俺はエピカに言われて、鏡に映る自分を見た。

 そして、思わず息を飲む。


(これが俺なのか!?まるで別人じゃないか……。)

 俺は、思わず言葉を失う。


「フフッ、別人みたいって思った?それは正解よ。このカラコンには、認識を阻害する成分が含まれているの。だから、誰にもストノス本人だと気付かれないわ。」

 エピカは、自分の瞳を指して言う。彼女もカラコンをつけているようだ。ガーネットのような色だ。


「すげぇな……。でも、こんなのどうやって作ったんだ……?」

 俺は、疑問に思ったことを口にする。

 すると、エピカは目を泳がせて答えた。


「えっと……その……。知り合いが、そういうのに詳しい人がいるから……。」

「へー……。」

「そ、それより!早く行きましょう!」

 エピカはそう言うと、俺の腕を引っ張った。


***

 俺たちは、博物館の近くにやってきた。博物館の入り口付近には警備員がいた。


「よし。じゃあ、作戦通りに頼むぜ。」

「分かったわ!」

 エピカは、俺の言葉に答えると、警備員の元へと駆け寄っていく。


「ねぇ!そこのあなた!」

「はい?なんでしょうか?」

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「まぁ、構いませんが……。」

「ありがとう!あのね……。」

 エピカは、警備員と話し始める。そして、俺にこっそりと手で合図した。


(了解……。)

 俺は、警備員の死角になるように移動しながら、展示されている宝石に近づく。

(警備体制は、かなり厳しいようだな……。)

 俺は、辺りを見回しながら考える。


 すると、警備員の一人が、こちらに近づいてきた。

(まずいな……。気付かれたか?)

 俺は、身構える。しかし、警備員は俺の横を通り過ぎていった。

(あれ……?)

 警備員は、俺に気付いていないようだった。俺は不思議に思う。

(なぜ気づかれなかったんだ……?)

 俺は、疑問に思いながら、次の行動を考える。


 すると、エピカが戻って来た。

「こっちは大丈夫よ。警備員は向こうに集めておいたわ。」

「おぉ……。なんというか、流石だな……。」

「ふふん!もっと褒めてもいいのよ?」

「はいはい……。すごいすごい。」

「なにそれ!?適当すぎない!?」

 俺は、エピカをあしらう。

 そして、宝石の原石を盗み出すタイミングをうかがうことにした。

(今は、誰も見ていないはずだ……。今ならいけるか……?いや……もう少し待とう……。)

 周囲を確認し、しばらく様子を伺うこと数分。

 そして、チャンスが訪れる。


(今がチャンスだ!!)

 俺は、急いで移動する。

「あっ!!ちょっと!!待ちなさい!!」

 エピカは、慌てて追いかける。

 展示ケースの鍵は、パスワード式だった。

(パスワードか……。何だ……?)

 俺が考えていると、エピカが話しかけてくる。


「ストノス……!パスワードは、『2379』よ!」

「えっ!?」

 俺は驚いて声を上げる。

(まさか、エピカ……!?さっき聞き出したのか!?)

 俺は、振り返りそうになるが、我慢してパスワードを入力する。

(あと少し……。)

 俺は、入力し終えると、ケースを開けて、原石を偽物とすり替える。


「おい!お前たち!何をしているんだ!」

 警備員が叫ぶ。

(やばい!!)

 俺は焦るが、もう遅かった。警備員たちが駆けつけてきたのだ。

「あらら〜……。バレちゃったみたいね……。」

 エピカは呑気に言う。

「当たり前だろうが!早く逃げるぞ!!」

「フフッ……。慌てる男はモテないわよ?」

「う、うるさい…っ!」


 俺は、エピカの手を引いて走る。警備員はそこまで迫って来ていた。

「逃すな!追え!」

 もうダメだ、と俺が諦めかけた時、エピカは走るスピードを上げた。

「私に追い付けると思って?」

「なっ…!?う、うわああぁっっ!!!」

 手を繋いだままだった俺は、彼女に引っ張られて、さらに加速する。


「はぁ、はぁ……。ここまでくれば、ひとまず安心ね……。」

 エピカは、息切れをしながら言う。

「はぁ、はぁ……。死ぬかと思った……。」

 ストノスは、息を整えて言う。

「いや、本当に助かったよ……。ありがとな。」

「どういたしまして。フフッ……。」

 エピカは微笑む。

 俺は、手に持った原石を彼女にも見せた。


「これ、本物だよな……?」

「もちろんよ!さっき見たでしょ?『タンザナイト』の原石よ!」

「あー……。そういえば、そんな名前だったような……。」

「あなたねぇ……。まぁいいけど……。それより、早く屋敷に帰りましょう!」

 それももっともだ、と俺は思った。俺達は、急いで屋敷へと戻ることにした。


***

 屋敷の近くまで来たが、正面から入っては、プロムスにばれてしまうだろうとエピカは言う。そこで、俺たちは裏口から入ることにした。


 俺たちは、こっそりと中に入る。どうやら、近くには誰もいないようだ。

「……私の部屋に行きましょう。」

「……それが良いだろうな。」

 小声で話しながら、廊下を進む。

 そして、エピカの部屋に着いた。

「やっと着いたわ……。」

 エピカは部屋の中に入ると、ベッドに座る。


「ふぅ……、疲れた……。」

「おつかれさん……。」

 俺は、近くの椅子に腰かける。

「それにしても、まさかあんな方法で警備を突破するとは思わなかったよ……。驚いたぜ……。」

「フフン♪もっと褒めてもいいのよ?」

「はいはい……。すごいすごい……。」

 俺は、適当にあしらう。


「ちょっと!適当すぎない!?」

 エピカは、不満げだ。

「いや、実際凄いと思うよ……。ただ、もう少し穏便な方法もあったんじゃないか……?」

「うっ……。そ、それは……。でも、他に思いつかなかったし……。」

「確かにそうだが……。しかし、警備員を気絶させてたらアウトだからな?」

「わかってるわよ……。」

(まぁ、エピカらしいといえばそうなんだが……。)

 俺は、ため息をつく。


「とりあえず、今日はもう寝よう……。色々あって疲れちまった……。」

「それもそうね……。おやすみなさい……。」

 そうして、俺はエピカと別れ、部屋に戻った。その日は泥のように眠った。


***

 翌日。

「ストノス!起きなさい!」

 エピカの声が聞こえてくる。

「ん……。おはよう……。」

 俺が目を覚ますと、エピカが目の前にいた。


「……!?ちょっ!?何してんだよ!?」

 俺は、驚いて飛び起きる。

「ちょっと!大きな声出さないで!気づかれるじゃない!」

(気づかれるって誰にだよ……。)


 心の中でツッコミを入れる。すると、ドアをノックする音がした。

 コンコン。ガチャ。

 扉が開くと、そこには、サルヴィがいた。

 エピカは、サルヴィを見ると、すぐに駆け寄る。


「あら!サルヴィ!どうかしたの?」

「いえ、朝食の準備が出来たのですが……。」

「わかったわ!すぐ行く!……ほら、あなたも早く支度して!」

 俺は、慌てて準備をする。

「あっ!おい!引っ張るなって!!」


 …残されたサルヴィは、首を傾げるしかなかった。


***

 食堂に行くと、既にエピカは席についていた。彼女の隣には、プロムスさんが立っている。


「遅いわよ!まったく!レディを待たせるなんて、紳士として失格だわ!」

「ごめんってば……。それで、なんで俺は呼ばれたんだ?」

(……俺は、もう客人じゃなくて庭師─エピカの使用人だ。普通、使用人と一緒に食事をとるか?)

 疑問に思って尋ねる。


「だって、私達友達でしょう?一緒に食べてもおかしくはないはずだけど……。」

「いや、でも……。」

「ダメなの……?」

「いや、別にそういうわけでは……。」

(なんか断りにくい雰囲気なんですが……。)

 エピカは悲しげな表情で言う。


「もしかして、迷惑だった……?」

「い、いや、そんなことはないぞ?うん……。」

「本当?よかったぁ……。」

 そう言って、エピカは笑顔になる。

(ぐぬぬ……。ずるいやつだ……。まぁ、いいか……。)

 すると、プロムスさんが笑顔で言った。


「良かったですね。エピカ様。」

「えぇ……。本当に嬉しいわ!」

 エピカは、嬉しそうだ。

「さぁ、冷めないうちに召し上がってください。」

「そうね。いただきましょう!」

 エピカは、料理を口に運ぶ。俺も、それに続いて食べた。


***

 朝食後、エピカは俺に話しかけてきた。

「ねぇねぇ!これ見て!」

「なんだ?」

「ほら!この記事よ!」

 エピカは、新聞記事の見出しを指差す。


『タンザナイト原石 盗まれる』


 記事によると、昨夜、何者かが屋敷に侵入して宝石を盗んでいったらしい。そして、その犯人は、まだ捕まっていないようだ……。


(いや、これって俺たちのことだよな……。)

 俺は、冷や汗を流す。

「なぁ……。これ……。」

「これって、私たちのことよ!フフッ、怪盗への第一歩ね!」

 満足そうに言うエピカに、俺は焦る。


「いやいや、まずいんじゃないか?こんな記事になったら……」

「何言ってるのよ!『犯人はまだ捕まっていない』って書いてあるし、私たちが犯人だとは、気付かれないわよ!」


 ……それもそうかもしれない。まだ、俺たちが犯人だとバレた訳ではない。俺は、自分にそう言い聞かせることにした。

「はぁ……。まぁ、まだ大丈夫か……。」

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