翠玉は叫び、柘榴石は笑う

夜桜くらは

第1章 変わりゆく日常

第1話 出会いは突然に

「あなた、私の相棒バディになりなさい!」

「……え?」


 この俺、ストノス・スマラクト(32)は、ひょんなことから一人の女子高生の相棒に選ばれてしまった。


***

 時は数週間前に遡る。俺は、仕事が続かずに、路頭に迷っていた。


「はぁ……。やっぱり俺って、何やってもダメだな……。」


 そう呟きながら、いつものように、公園でため息をついていた時だった。

俺の足元に、一枚のチラシがヒラリと落ちてきた。

 そこにはこう書いてあった。


【宝石展】

開催場所:ツェーン博物館

日時:今月24日から一週間! 参加費無料! 宝石の美しさに触れてみませんか? 詳しくはこちらまで!

※注意事項 このイベントでは、宝石の原石を展示します。

その性質上、展示品を傷つける可能性がありますので、ご了承ください。

また、宝石を盗もうとする人が現れないようにするため、警備員を配置しております。

皆様の安全のためにも、ご協力お願いいたします。

 主催:ツェーン博物館


(ツェーン博物館と言えば、この街で一番大きな博物館じゃないか!宝石の展示もあるのか……。それにしても、宝石の原石なんてどうやって手に入れたんだろうか?……ん?ここの記載……警備員を募集しているのか?)

 俺は、早速警備員の募集に応募した。


 そして面接当日。

 会場には、たくさんの人が来ていた。俺のような、無職や学生の姿もちらほらと見える。


 受付嬢らしき女性が声を上げた。女性の声はよく通っていて、とても綺麗な声をしていた。


「はい、皆さんこんにちは〜!これから面接を始めまーす!まずは履歴書を渡してくださいね〜」


 俺は、言われた通り履歴書を渡そうとした。しかし、隣にいた奴が先に渡しちまったせいで、出遅れてしまい、結局俺は一番最後に渡すことになった。


(あちゃー……。出遅れたか。でも、まだチャンスはあるよな……?よし、頑張ろう!)

 そう思いながら、順番を待つこと数分。遂に自分の番になった。

 俺が書類を渡すと、彼女はそれを見てから言った。


 彼女の顔はとても可愛らしく、スタイルもいい。そんな彼女に見惚れていた俺は、思わず言葉を失ってしまった。すると、彼女がクスッと笑って口を開いた。


「……あっ!?すみません!!ボーっとしていました!!」

「ふふっ。大丈夫ですよ。緊張しているんですか?」

「はい……。こんな機会初めてなので……。あの、それで、採用でしょうか? 」


 俺はドキドキしながら尋ねた。すると、彼女はニッコリ微笑んで答えてくれた。

 その笑顔を見た瞬間、俺の心は撃ち抜かれてしまったのだ。


(うわぁ……。可愛い……。天使みたいだ……。)

 心の中でそう思った直後、ハッとして我に帰った。

 危ない危ない。あまりの衝撃に意識を持ってかれそうになったぜ……。


「…それでは、夜間の警備をお願いしますね!」

「わ、わかりました!精一杯やります!!」


 こうして、俺は、宝石の原石の警備を担当する事になった。


***

 宝石の原石というのは、宝石になる前の状態だ。つまり、まだ何の価値もないただの石ころである。


 それをわざわざ警備する意味とはなんなのか?という疑問を持つ人もいるだろう。それは当然のことだ。俺だって最初は疑問に思っていたさ。


 だが、俺はある出来事がきっかけで、その考えを改めることになったんだ。


 あれは確か俺が学生だった頃。当時、何の取り柄もない俺は学校の図書館に入り浸り、読書に明け暮れる毎日を送っていた。


 そんなある日のこと。

(おぉ!今日もたくさん本があるぞ!どれを読もうかな……)

 その時、俺は、一冊の本が目に入った。題名を見ると、【宝石図鑑】と書かれていた。

 俺は、その本を手にとって、中を開いてみた。


 するとそこには、様々な宝石の写真が載り、宝石についての説明文が添えられていた。宝石の原石もいくつか写真が載っていて、原石の説明文を読んでいるうちに、すっかりその原石に魅了されてしまった。


 それからというもの、俺は、時間さえあれば宝石図鑑を読むようになった。

 宝石の原石を眺めているだけで、不思議とワクワクした気持ちになり、いつの間にか時間が経っていることも度々あった。


 その度に、家族や友人からは、『まるで子供みたいな反応をするのね。あなたって面白い人』と言われてしまったものだ。


 おっと、話が長引いてしまったな。……まあ良いだろう。とにかく、俺が言いたいのは、原石は素晴らしいってことだ!


***

 そんな、原石大好きな俺は、毎日警備をしているうちに、原石に触ってみたくなってきてしまっていた。


 そこで俺は、ツェーン博物館で展示されている宝石の原石をこっそり持ち帰って、家で保管しようと考えた。もちろん、原石を持ち帰ることは禁止されているのだが、俺はどうしても原石に触れたくて仕方がなかったのだ。


 そして、その計画を実行する日になった。俺は夜間の警備を担当しているから、人がいなくなる時間は大体把握していた。

 カットストーンほどの価値はないにしても、原石も展示品である以上、セキュリティは万全だ。俺は、持てる知識をフル活用して、原石を持ち帰ろうとした。


 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 まず、原石の展示ケースには鍵がかけられていた。これでは、原石に触れることはできない。


 次に、監視カメラの存在だ。警備員室には、24時間の録画機能付きのモニターが設置されている。


 この二つを突破するには、どうすればいいだろうか? 答えは簡単だ。

 どちらも解除すればいい。


 俺は、警備員の仕事を始める時に、セキュリティの解除方法を尋ねていた。そして、教えてもらったのだ。


「えぇっと……。確かここをこうやって……。よし!これでいけるはずだ。」

 俺は、防犯装置を解除した。

「ふぅ……。よし!次は……。」


 俺は、ケースを開けるための暗証番号を教えてもらっていた。

 暗証番号を入力し、後はロックを外すだけとなった。


 その時、事件は起こった。

 なんと、人が入ってきたのである。赤髪の少女のようだ。


「あら?誰かしら?」

「……っ!?!?」

「……?どうかしたんですの?」

「い、いえ……。なんでもありません……。」

「そうですか……。あっ!もしかして、貴方も宝石泥棒さんかしら?」

「ち、違いますよ……。」

「ふふふ……。嘘ばっかり……。」

 そう言って彼女は、俺の手を握ってきた。


「な、なにするんだよ……。離せよ……。」

「嫌よ……。せっかく会えたんだもの……。逃さないわ……。」

 彼女は、俺の腕を強く掴んできた。

 抵抗しようとしたその時、警告灯が光り始め、警報音が鳴り響いた。


『緊急事態発生!緊急事態発生!何者かによって、館内に侵入されました!直ちに確保してください!』

「げっ!マジかよ!!」

 あまり長い間ケースの側にいたせいか、防犯装置が再び作動したようだった。


 俺は慌てて逃げようとして、ふと少女のことを思い出した。

 俺は振り返り、彼女に声をかける。


「……おい!このままだとあんたも捕まる!一緒に逃げるぞ!!」

「言われなくても、そうするつもりよ!」

 そう言ったかと思うと、彼女は俺の腕を掴んだまま走り出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!腕が痛いんだ!もう少しゆっくり走れないのか……?」

 俺は彼女に抗議したが、全く聞く耳を持ってくれなかった。


 それどころか、ますます走るスピードを上げていく始末だった。

「ほら!早く来て!!」

(……ひぃ~っ、なんて足の速さだ!!)


***

 やがて、二人は、博物館の外に出た。

 外は既に真っ暗闇であり、街灯の明かりだけが頼りであった。


 そんな中、彼女は、俺に話しかけてきた。

「あなた、名前は?」

 俺は、息を整えながら答える。

「ハァッ、ハァッ、ハッ……。お…俺は、ストノスだ。」

 すると彼女は微笑んで、再び質問してきた。


「私はエピカ。よろしくね、ストノス。ところで、どうしてこんな時間に宝石館にいたの?しかも、ケースの鍵まで開けちゃって。」

「そ、それは、その……。」

「もしかして、宝石泥棒でもしようと思ってたの?ダメじゃない!そんなことしたら、すぐに警備員に捕まっちゃうわよ!……まあ、私も人のことは言えないけどさ。」


「な、何の話だよ?」

「私も、原石を盗みに来たのよ。」

「は?」

(おいおい、今、何て言ったか?)

「だから、原石を盗もうとしたの。もちろん、あなたと同じ理由でね。あなたもそうなんじゃなくて?」

「……そうだ。俺は原石に触ってみたかったんだ。家でじっくり見たくて……」

「ふーん……。なるほどねぇ……。」

 エピカは、何かを考えるような素振りを見せる。

 そして、ニヤリと笑った。

 そして、突然、彼女は俺の手を握った。


「ねぇ、あなた、私の家に来なさいよ。」

「……はぁ!?」

 突然の誘いに、俺は戸惑ってしまった。

 彼女は続ける。彼女の家は、ここから近いらしい。

 俺は、どうするべきか悩んだ。

 しかし、ここで断ったとしても、いずれは警備員に見つかってしまうだろう。


 それに、彼女は、宝石泥棒の仲間だ。なら、いっその事、一緒に行動しておいた方が安全かもしれない。そう思った俺は、彼女を信じることにした。

「分かったよ……。行くよ……。」

「ありがとう!じゃあ、行きましょうか!」


***

 エピカに連れられてやってきたのは、大きな屋敷の前だった。

「ここが私の家よ!」

「でっか……。」

 俺は、目の前の屋敷の大きさに圧倒されていた。

 門から玄関までの距離が長い。庭には噴水がある。

 ぼんやり眺めていると、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。

「お嬢様~~っ!!!」


 走って来たのは、白髪交じりの男性だった。

「あら、プロムス。どうしたの?そんなに慌てて……。」

「どうしたの?ではありませんよ!一体どこに行ってたんですか!?」

「ふふ……。ごめんなさい……。ちょっと野暮用があって……。」

「心配しましたよ……。急にいなくなるものですから……。」


 プロムスと呼ばれた男性は、安堵のため息をついた。そして、俺の方を見る。

 彼は、俺に向かって深々と頭を下げた。

「エピカお嬢様を保護いただき、誠に感謝いたします。」

「いや、俺は……。」

 俺は慌てて答える。


 俺は、ただ一緒にいただけだ。

 そう言おうとした時、エピカは、俺の言葉に被せるように言う。

「ふふ……。いいのよ、別に……。私が勝手に付いて行っただけなんだし……。」


 俺は、エピカと目を合わせると、彼女はウインクをした。

(こいつ、さらっと嘘ついたな……)

 俺は、諦めて話を合わせることにした。


 すると、プロムスは、今度は俺に対して礼を言う。

 そして、エピカのことを叱り始めた。

「お嬢様!夜遅くに出かけるなど、淑女としてあるまじき行為ですぞ!もしものことがあったら、どうするつもりなのですか!?」


 しかし、エピカは全く反省していないようであった。

 むしろ、楽しげに笑っている。

 エピカは、俺の腕を引っ張ると、耳元で囁く。

「ストノス、今日は泊まって行きなさいよ。」


 俺は、驚いて思わず声が出そうになる。

「ちょっ、何言ってんだよ!?」

「ふふっ。大丈夫よ。あなたのことは、私に任せておきなさい!」

「任せてって……。何をどうすれば良いんだ?」

「まあまあ、とりあえず、あなたの部屋に案内するわ!」

 そう言うと、彼女は俺を部屋の前まで連れていく。


 扉を開けると、そこには、豪華なベッドがあった。

 俺は、唖然としていた。

(な、何だこの部屋……)

 こんな立派な客室は見たことがない。

「ここがあなたの部屋よ。……ふぁ…。私は寝るわ……。また明日……。」


 あくびをしながら出ていくエピカを見送り、部屋に一人になった俺は、改めて周りを見渡す。

 壁には絵画が飾られ、床には絨毯が敷かれていた。

 窓の外を見ると、大きな月が見える。

(こんなに広い屋敷に住んでいるなんて、エピカはいったい……?)

 考えていると、突然、後ろから声を掛けられた。


 振り返ると、メイド服姿の女性がいた。年齢は20歳くらいだろうか。彼女はこちらを見て微笑むと自己紹介をする。


「はじめまして。私の名前はサルヴィといいます。」

「えっと……。俺は、ストノスと言います。よろしくお願いします。」

「ふふ……。緊張なさらずとも結構ですよ。ここはあなたの部屋ですしね。」

「は、はい……。」

 そう言われても、やはり落ち着かない。しかし、しばらくすると、少し慣れてきたのか、落ち着きを取り戻し始める。そして、サルヴィに質問をしてみる。


 サルヴィは、エピカの専属のメイドだそうだ。エピカの世話をしているらしい。

 エピカについて聞くと、彼女はとてもお転婆で、よく屋敷から抜け出すらしい。その度に、プロムスが探し回っているようだ。


「まったく……。お嬢様には困ったものですね……。」

「そうなんですか……。」

 俺も苦笑いしかできなかった。

 エピカは、いつもあんな感じなのか……。


 エピカの印象は、元気いっぱいの女の子だった。年齢は、いくつくらいだろう……。

 そんなことを考えていると、サルヴィさんから話しかけられた。

 彼女は、俺に紅茶を出してくれた。そして、俺に問いかけてくる。


「ところで、あなたはどうしてここに?お嬢様とはどういう関係ですか?」

「俺は、ただエピカと一緒にいただけで……。」

「一緒にいただけですか……。それはそれですごいことなのですけど……。」

「いや、本当にただ一緒にいただけなんですよ。」

(宝石泥棒をしようとして出会った、なんて言えるわけない……。)


 俺は、必死に弁明した。すると彼女は、優しく笑ってくれる。

「そうでしたか……。お嬢様も悪い人ではありませんので……。」

「エピカは、良い子なんでしょうね。」

「はい!お嬢様はとても良い方なのです!……あっ、もうこんな時間!遅くまですみません、それでは失礼しますね。」

 そう言うと、サルヴィは慌ただしく部屋から出て行った。


 俺は、ベッドの上に寝転がり、天井を見る。

(あぁ……。今日は本当に疲れた……。エピカには、いろいろ聞きたいことがあるけど……。明日聞くか……。)

 そう思いながら、眠りについた。


***

 次の日、俺は目を覚ました。

 昨晩のことが夢のように感じる。

 窓から外を見ると、朝日が昇っていた。

(さてと……。起きて着替えるか……。あ……着替え、持ってきてなかったな……。)

 俺は、ベッドから身体を起こし、立ち上がる。すると、扉がノックされた。

 返事をすると、プロムスさんが入ってきた。


「おはようございます。朝食の準備ができておりますので、食堂へどうぞ。」

「わ、わかりました!すぐ向かいます!」

 俺は急いで身支度を整え、部屋を出る。

 そして、食堂へと向かった。


 俺が入ると、エピカはすでに席に座っており、食事を取っていた。

 エピカは俺の姿を見つけると、嬉しそうに手を振る。


「ストノス、こっちよ!」

「ああ……。」

 俺は、エピカの隣に座った。

 エピカは、俺をじっと見つめてくる。

 俺は、視線を逸らしながら言った。

「な、何だよ?」

 エピカは、にっこりと笑う。

「ふふっ。なんでもないわ。」

「そ、そうか……。」


 エピカは、テーブルに置いてある紅茶を一口飲むと、話し始めた。

「ねぇ、あなたは、この屋敷のこと……何か知らないかしら……?」

「いや、知らないな……。でも、こんな屋敷に住んでるなんて、あんたは何者なんだ?」

 俺は、疑問に思っていたことを口にする。

 すると、エピカは微笑みながら答えてくれた。

 しかし、彼女の言葉を聞いて、俺は驚いた。


「グラナート財閥って、あの、有名な!?」

「そうよ。私の名前はエピカ・グラナート。グラナート家の一人娘よ。」

「マジかよ……。」

(エピカは、お嬢様だったのか……。)

 エピカの言葉を聞き、俺はさらに驚く。

(ん……?だったらなぜ、宝石泥棒なんてしようとしたんだ……?)


「なあ、なんで宝石泥棒なんか……。」

「宝石泥棒じゃないわ。」

「え?」

「宝石泥棒ではなく、怪盗になるのよ!!」

 エピカは、力強く宣言した。

「いや、同じ意味じゃ……。まあいいか……。」


***

「私の部屋に来て!二人だけで話しましょう!」

 そう言ってエピカは、俺を部屋に招くと、真剣に語り始めた。


 彼女は、幼い頃から宝石─"カットストーンを使ったアクセサリー"を両親からプレゼントされていたそうだ。……俺にとっては、羨ましい限りだ。


 そして、少し成長した彼女は、そのカットストーンがどのようにして作られているのか、気になったらしい。


 そこで、調べてみたところ、カットストーンは原石から出来ていることが分かり、彼女は興味を持ったようだ。


「私は、自分の手で、原石を加工したいと思ったの。だから、博物館に行って原石を盗んで、自分でも作ろうと思って……。」

「それが、今回の動機なのか……。」

(なるほど……。エピカは、そういう理由で……。)


 エピカは、俺の方を見て、恥ずかしそうに言う。

「……おかしいでしょ?こんな理由……。」

「別におかしくはないと思うけど……。」

(エピカの気持ちは分かる……。俺も、宝石の加工に興味を持っていた時期があったな……。)

 そんなことを考えていると、エピカは俺に問いかけてきた。


「ねえ、初めて会った時も聞いたけど……。あなたは、どうして原石に興味があるの?」


「どうして……か……。」

(どうしてだろう……。どうして俺は、原石のことがこんなにも好きなんだろう……。)


「……分からないな。」

「そうなのね……。」

 エピカは、悲しそうにする。

(あぁ……。違う!俺は、今、悲しい顔をさせたかったわけじゃない!)

 俺は、慌てて言葉を紡ぐ。

「あー……、ごめん……。」

 エピカは、首を横に振った。


「いいのよ……。私が悪かったの……。」

 俺は、どうすれば良いか分からず、黙り込んでしまう。

(こういう時は、どうしたら良いんだよ……。)

 すると、エピカは、話題を変えて聞いてきた。


「私、もう一つ気になっていたことがあったのよ。聞いても良いかしら?」

「……あ、あぁ。いいぞ」

「あの時、どうやってセキュリティを解除したの?厳しかったはずなのに……。」

「あぁ……それはだな……」

 俺は、簡単に説明をした。


「……という感じかな……。」

「へぇ……。凄いわね!それなら確かに解除できるわ!」

(良かった……。上手く誤魔化せたみたいだ……。)

 俺は、ほっとする。すると、エピカは思いがけない提案をしてきた。


「ねえ、あなた、私の相棒バディになりなさい!」

「……え?」

「私と二人で怪盗をやるのよ!」

「いや、ちょっと待ってくれ……。」

 俺は、困惑する。

(怪盗!?どういうことだ!?それに、二人ってことは、俺を巻き込むつもりなのか!?)


 エピカは、俺のことなんかお構い無しに続ける。

「あなたの侵入技術と、私の優れた運動神経があれば、きっと成功するわ!!」

 エピカは、目を輝かせながら話す。

(いや、そもそも盗みなんて良くないし……。俺も人のこと言えないけど……。)

 俺は断ろうとするが、エピカは話を聞かない。


「さっきの話を聞いて思ったんだけど……。あなた、私と同じ匂いがするのよね……。」

「……同じ?」

「そうよ!!あなたは、宝石加工の技術を持っているでしょ?」

「……っ!?」

(まさか、見抜かれてるのか!?)

 俺は動揺するが、なんとか平静を装う。


「いや……持ってないけど……。」

(危なかった……。もう少しでバレるところだった……。)

「あら?でも、あなたはカットストーンではなく、原石を盗もうとしていたわよね……?」

 鋭い指摘に、ギクリとする。


「そ、それは……。」

(まずいな……。このままだとボロが出てしまう……。)

 エピカは、俺に詰め寄ってくる。

「ねぇ、なんで嘘をつくの……?」

(くぅ……。こうなったら仕方がない……。)

「分かった!言うから!言うから、落ち着いてくれ!!」

 こうして俺は、彼女に全てを話すことになった。


 俺は、彼女に対して、原石加工に興味を持っていたことを話した。

 そして、彼女と同じように、原石を盗むために博物館に忍び込んだことも話した。


 エピカは、俺の言葉を聞き、驚いていた。しかし、目を輝かせて俺を見つめてくる。


「やっぱり、私と同じじゃない……!加工に興味があるっていうのも一緒だし……。」

「そうなる、な……。」

「だったらなおさら、一緒に怪盗をやりましょう!」

 エピカは、俺に詰め寄る。

 俺は、エピカに圧倒されながらも答えた。


「……でも、ここの屋敷の人たちには、どう説明するんだ?急にいなくなったりしたら怪しまれないか?」

 すると、エピカは自信満々な表情で言う。


「大丈夫よ!ちゃんと考えてあるから!」

(本当に大丈夫か……?)

 俺は心配になったが、とりあえずエピカに従うことにした。


***

 エピカとストノスは、早速行動を開始した。

 エピカは、屋敷の使用人に頼み込み、ストノスを庭師の見習いとして扱うようにお願いした。


「分かりました……。では、これからよろしくお願いしますね。」

 使用人は笑顔を浮かべて、了承してくれた。

(案外どうにかなるもんだな……。)

 俺がそんな風に考えている横で、エピカは嬉しそうにしている。

 すると、一人のメイドが声をかけてきた。


「エピカ様、こちらの方は……?」

(げっ……。)

「あぁ……この子は、新しく入った子なのよ!」

 エピカは、適当に誤魔化す。


「そうなんですね……。よろしくお願い致します。」

「よ、よろしく……。」

 俺は、ぎこちなく挨拶をした。

(うーん……。こういうのは、どうにも苦手だ……。)

 すると、エピカは、何か思いついたような顔をして言った。


「そうだわ……。あなた、今日からこの屋敷に住みなさい!」

(は!?)

 エピカは、とんでもないことを言う。

(何言ってんだよ!?)

 すると、エピカは、さらに言葉を続ける。

 俺は焦りながら、なんとか反論しようとするが、 エピカの方が早かった。


「だって、その方が都合がいいでしょう?それに、普段は庭師として仕事をしてくれれば、お給料も出せるわよ?」

 確かに、それも一理あった。気になった俺は彼女に尋ねる。

「……それって、どれくらい?」

「えっと……。このくらいかしらね。」

 エピカが提示してくれた金額は、かなり高額だった。


(こんなに貰えるのか!?)

 俺は驚きを隠せなかった。

「少なかったかしら?」

「いや……むしろ、多すぎると思うが……。」

「そうよね!!あなたならそう言うと思ったわ!!」

 エピカは、満足そうに微笑む。


 こうして俺は、この屋敷でエピカと一緒に暮らすことになった。

(まあいいか……。元の家は家賃が高かったし、ここにいた方が厚待遇だしな……。)

 俺は、そう考える。そして、エピカと別れて部屋に戻った後、ベッドで眠りについた。

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