第3話 あなたを知りたくて

 それから、数日が経った。

 今日は、朝早くから、エピカに起こされた。


「ちょっと!起きなさいよ!お昼過ぎてるわよ!?」

「うぅ……。ん?もう、そんな時間なのか?」

 俺は、目を擦りながら答える。


「まったく!あなた、全然起きるのが遅いのね!」

「しょうがないだろ……。昨日は身体を動かしすぎて、疲れてるんだ……。」


 俺は昨日、庭師として本格的に働くようになり、プロムスさんから教えられてながら仕事をした。プロムスさんが言うには、これまで庭師の仕事は彼がやっていたとのことだった。


 プロムスさんは、最初のうちは優しく見守っていたのだが、俺の仕事ぶりを見ているうちに、「あなたはスジが良い」と褒めてくれた。


 調子にのった俺は、張り切って仕事に取り組んだ。その結果、疲れきってしまい、この時間まで寝ていたという訳だ。


「まったく……。そんなんじゃ、怪盗なんて出来ないわよ?」

「まぁ、そうだな……。……それより、何しに来たんだ?」

「フフン、よくぞ聞いてくれました!」

 エピカが得意げに答えた。


「なんで、そんな偉そうなんだよ……。」

「いいじゃない別に。それでね、今から街に行くんだけど、あんたもどう?」

 ……えっ?


「いや、急すぎるだろ……。」

「だって、暇なんだもん!」

「おいおい……。」

 そう言って、彼女は頬を膨らませた。

「とにかく、行くなら早く準備してよね。私、待ってるから。」

「あーはいはい……。」

 俺は、ベッドから出て身支度をする。


(それにしても、珍しいこともあるものだな……。)

 エピカが俺と一緒に出かけようと言い出すとは……。何か理由があるのか?

「よし、終わったよ。」

「じゃあ、行きましょうか!」


***

 俺たちは屋敷を出て、近くの喫茶店に向かう。

 そして、その道中、俺は彼女に質問をした。

「ところで、どうして一緒に行こうと思ったんだ?」

 すると、エピカはこう言った。


「私は、いつも1人で出歩くことが多いから、たまには誰かと話したかっただけよ。」

「なるほど……。でも、それだったら、執事とかメイドを連れて行けば良いんじゃないか?」

「それはダメよ!2人きりの方が楽しいもの!」

「そういうものなのか?」

「そういうものなのよ!」

 彼女の言葉を聞き、俺は少し考えた後、再び口を開いた。


「お前にとって、俺が信頼できる相手だから誘ってくれたのか?」

「そ、そりゃそうよ……。信頼できない相手に、わざわざ声をかけたりしないわ……。」

 エピカは照れくさそうに答える。しかし、すぐに顔をしかめた。


「あっ!もちろん、ストノスのことを信じていないわけじゃないわよ!?」

 慌てふためく彼女を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。


「わかっているさ……。ただ、そこまで必死になる必要は無いと思うけどな……。」

「むぅ……。うるさいわね。とにかく、今日は付き合ってもらうわよ!」

 こうして、俺たちは喫茶店に向かった。


 店に入ると、俺たち以外に客はいなかった。店員に案内され、席に着く。

 エピカが紅茶を注文する。

 しばらくして、店員によって運ばれてきた紅茶を飲みながら、彼女と話をした。


「ねぇ、ストノス……。あんたって、今までどんな仕事をしていたの?」

(仕事、か……。)

「そうだな……。色々とやってきたよ……。」

「例えば?」

「まぁ、警備員は知ってるだろ?」

「そうね。初めて会った時に、警備員の服を来ていたもの。」


 そうだ。俺が警備員をしていた時に、エピカに出会ったのだ。

(あの時会っていなかったら、こんなことにはなっていないだろうな……。)

 俺は、ふと、自分の過去を思い出す。


「あとは、工事現場で働いていたこともあったな……。」

「へぇ~!そうなんだ!」

 エピカが興味深そうに言う。


「ああ……。その時は、俺もまだ若かったから、毎日頑張っていたよ……。」

「今でも若いじゃない……。」

「そうか?俺、32歳だぞ……?」

(エピカからしたら、だいぶ年上だと思うが……。)


「えっ!?そんなに年上なの!?」

 エピカは驚きの声を上げる。

「ああ……。だから、もう若くないよ……。」

「そんなこと無いわ!まだまだ大丈夫よ!」

 エピカは力説する。


「……なぁ、あんたはいくつなんだ?」

「私は、17歳よ。」

「そうなのか……。」

 17歳で、この落ち着き具合……。やはり、お嬢様というだけあって、育ちが良いのだろうか?

「なによ……。何か言いたげな顔して……。」

「いや、別に何も……。」

(……待てよ、よく考えると、俺はエピカと釣り合わない気がしてきた……。)


「……なぁ、やっぱり帰らないか?俺と二人でいたら、変に思われるかもしれないし……。」

 俺の言葉を聞いたエピカは、呆れた表情になった。


「はぁ……。そんなことで悩んでいたのね……。」

「そんなこととは何だ……。大事なことだろ……。」

「確かに大事だけど……。でも、私は気にしないわよ?」

「お前が良くても、俺は良くないんだよ……。」

「まったく……。心配性ね……。」

 エピカはため息をつく。そして、少しの間黙った後、再び口を開いた。


「あんたが私をどう思おうが構わないわ。私がどう思うかも自由でしょ?」

「まあ、そうだが……。」

「なら、それでいいじゃない。それに、あんたは私の友達なのよ?一緒にいて、おかしい事なんて無いじゃない。」


「いや、しかし……。」

「あー、もう面倒くさい!とにかく、一緒に街に行くのよ!」

 エピカは強引に話を終わらせる。

「はあ……。わかったよ……。」

 こうして、俺たちは街に出かける。


***

 喫茶店を出た俺たちは、そのまま街の中を歩いていく。


「なぁ、本当に俺なんかと一緒にいるところを見られたらまずいだろ……。」

「また、その話をするのね……。しつこい男は嫌われるわよ?」

「うぐっ……。」

「それより、ほら見て!あれ!」

 エピカが指さす方向を見ると、そこには屋台があった。


「おっ!串焼き屋があるのか!」

「ええ!行きましょう!」

 俺たちは、串焼き屋の方に近づいて行く。

 そして、店主に注文をした。


「おじさん!2本ちょうだい!」

「あいよ!銅貨1枚だよ!」

「はい!」

 エピカは財布を取り出し、お金を払う。

「毎度あり!まいど!」

「ありがとう!」

 エピカは礼を言い、俺たちは店を離れる。


「フフッ、これ、食べてみたかったのよね~!」

 エピカは嬉しそうに言う。

「そうなのか……。」

「うん!だって、あんまりこういうの食べたことないから……。」

(確かに、エピカが屋台飯を食べている姿は、想像がつかないな……。)

 俺はそう思いながら、渡された串焼きを食べる。


「おおっ……。うまいな……。」

「う~ん、美味しい!」

 エピカも満足そうにしている。

(なんか…こういうの、良いな……。)

 これまで、普段は一人で行動していたせいか、誰かと食べる食事が新鮮だった。

(今までの人生で、こんな風に食事をしたことがあったかな……。)

 そう考えると、なぜか胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚がした。


「ねぇ、ストノス……。」

「なんだ?」

「これからはこうやって、たまには二人で出かけましょう?」

 エピカは笑顔で言う。


「そうだな……。」

(まぁ、今日くらいは、付き合ってやるとするかね……。)

 俺は、エピカに微笑むのであった。

「ねえ、次はどこに行く?」

「そうだな……。」

(そういえば、俺が働いていた工事現場の近くに、面白い場所があったな……。)


「工事現場の近くにあった公園に行かないか?」

「工事現場?どうしてそんなところに?」

 エピカは不思議そうな顔をしている。

「ああ……。そこは、昔、俺がよく行っていたところなんだよ……。」

「そうなんだ!じゃあ、そこに行きましょ!」

 エピカは楽しげな声を上げる。

「分かったよ……。」


***

 そして、俺はエピカを連れて、公園にたどり着く。


「ここだ……。」

「へぇ……。なかなか綺麗なところね……。」

 公園は緑豊かで、木漏れ日が心地よい空間を作り出していた。


「ああ……。」

「それで、ここで何をしてたの?」

 エピカは興味深げに聞いてくる。

「ああ……。それはな……。」

 ストノスは、ゆっくりと口を開く。


「俺はな……。ここで、いつも泣いていたんだ……。」

「えっ!?」

 エピカは驚いた表情をする。


「いや、別に虐められていたとかじゃないぞ?ただ、仕事の事で悩んでいて、嫌になっていただけなんだ……。」

「そっか……。」

「だが、お前のおかげで、今はそんなに辛くはない。」

「私のおかげ?」

「ああ……。」

「どういう意味?」

 エピカは首を傾げる。


「いや……、その……。なんというか……、今の仕事が楽しいんだよ……。」

「えっ?それって、私と出会ってから?」

「そうだな……。お前と話すようになってから、毎日が楽しくなったよ……。」

「ふーん……。」

 気のせいかもしれないが、エピカの頬は赤らんで見えた。


「だから、エピカにも、この場所を教えたかったんだ……。」

「そっか……。」

 エピカは、どこか嬉しそうにしている。

「よしっ!もっと色々見て回りましょう!」

 そして、彼女は元気よく言った。

「あぁ……。」


 俺たちは、公園の中を散策していく。

「ねぇ、あの子可愛くない?」

 エピカはある少女を見つめる。

「どれ?」

 エピカが見ている方向を見ると、そこには5歳位の女の子がいた。


「ほら、あそこのベンチに座っている金髪の子!」

「ああ……。可愛いな……。」

 その少女は、長い金色の髪をしており、白いワンピースを着ていた。


「でも、迷子かしら?」

 エピカは心配そうな顔をする。

「そうかもな……。ちょっと行ってみるか……。」

 俺たちはその少女の方に近づいていく。

 すると、少女はこちらに気づいたようだ。


「どうしたのかな?」

 エピカは優しく話しかける。

(おっ……。意外と優しいところもあるじゃないか……。)

 俺は心の中で感嘆の声を上げる。


「ママとはぐれちゃったの……。」

「そう……。」

 エピカは、その子の目線に合わせてしゃがみ込む。


「大丈夫よ……。きっとお母さんも探しているはずだから……。」

 エピカは笑顔で言う。

「うん……。」

 少女は不安そうな顔を浮かべている。

(さてと……。)

 俺は二人の方に近づく。

「君の名前はなんていうのかな?」

 俺は尋ねる。少女の琥珀色の瞳と目が合った。


「……ステラ。」

「そうか……。良い名前だね……。」

「ありがとう……。」

 ステラは少し恥ずかしそうにしている。


「私は、エピカ・グラナートっていうの。よろしくね!」

 エピカは自己紹介をする。

「エピカお姉ちゃん?」

「う~ん……。ちょっと違うかなぁ……。」

 エピカは苦笑いをしている。

「じゃあ……、エピカさん?」

「そうそう!それでいいわよ!」

 エピカは満足げな笑みを見せる。

(さっきまでと随分態度が違うな……。)

 俺は心の中でため息をつく。


「……おじさんは?」

「おじっ……」

(『おじさん』!?『お兄さん』じゃないのか……。)

 俺がショックを受けていると、エピカは吹き出した。


「ぷっ……。」

「おい!笑うな!」

「ごめんなさい……。つい……。」

 エピカは、まだクスッと笑っていている。

「はぁ……。俺は、ストノスだ……。ストノス・スマラクト。」

 俺は不機嫌な声で答える。


「じゃあ、ストノスおじさんだね!」

「ぐぬぅ……。」

 俺は言葉に詰まる。

「ふふっ……。」

 エピカはまだ笑っている。

「お前なぁ……。」

「だって、仕方がないじゃない……。」

「まぁ、確かにそうだな……。」

 俺が納得しかけた時だった。


「あっ!ママ!」

 少女が嬉しそうな声を上げる。

「あら?ステラ……!良かった……。」

 女性は、安堵の表情を浮かべる。

「ステラちゃんのお母さんですか?」

 エピカは女性に声をかける。

「はい……。そうです……。」

「よかったですね……。」

 エピカは微笑む。


「ええ……。本当に……。あなた方が見つけてくれなかったら、どうなっていたことか……。」

「いえ……。当然のことをしただけですから……。」

 エピカは謙遜をする。


「そんなことはありません……。娘がいなくなった時は、生きた心地がしなかったのですから……。」

「そうでしたか……。」

 エピカは女性の話を聞いて、悲しげな表情になる。

「ありがとうございます……。何かお礼をさせてください……。」

「いやいや……、別に結構ですよ……。」

 エピカは首を振る。


「そういうわけにはいきません……。そうだ……、これを受け取ってください……。」

 女性はポケットの中から、封筒を取り出す。

「これは?」

「中を見て下さい……。」

 エピカは言われるままに、封を開ける。中には、数枚の紙が入っていた。


「えっと……。これは、何でしょうか?」

「それは、私が経営している店の割引券になります……。」

「ああ……。なるほど……。でも、こんなものを頂いてもよろしいんですか?」

 エピカは遠慮がちに尋ねる。


「もちろんです……。娘を助けてくれた恩人に何もしないでは、私の気が済みませんから……。」

「そうですか……。」

「まぁ、もらっておいて損はないと思うぞ……。」

 俺は、エピカに耳打ちする。

「そうね……。」

 彼女は、割引券を受けとることにしたようだ。


 ステラの母親は、俺たちに頭を下げる。

「それでは、失礼します……。」

「エピカさん、ストノスおじさん、バイバイ!」

 そして、親子は去っていった。


「ねぇ、あの子可愛かったわよね……。」

 エピカは頬に手を当てながら言う。

「ああ……。」

「また、会えるかしら?」

「さあな……。」

 俺はそっけなく答えた。


「ちょっと、冷たくない?」

「そうかもしれないが……。それよりも、さっきの子はどこから来たんだろうな……?」

「う~ん……。」

 エピカは腕を組んで考えている。

(まぁ、考えても仕方ないか……。)

 俺は心の中で呟く。


「……案外、近くに住んでたりしてね?……まぁ良いわ、とりあえず帰りましょう!」

 エピカは、楽しそうに言った。

「……そうだな。」

 こうして、俺たちは屋敷に帰った。


──この少女と再び会うことになるのは、もう少し先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る