第3話
毎日小説投稿サイト「シッピツ」を覗いているけれど、毎日「1」ずつ増えていく。それは誰かが毎日僕の小説、『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』の第一話、『絶対誰にも、内緒だから』とだけ書いたページを見ているってことになるはずだ。誰にも教えていないこのサイト。知っているのは小宮さんだけ。
僕の心はだんだんと憂鬱になっていった。小宮さんは僕のことが好きじゃないかもしれない。僕が一生懸命悩んで選んだタイトルが小宮さんの胸には届かなかった。そういうことなのか。
僕はだんだんと自信を失っていった。僕の気持ちはずっと小宮さんに向いている。話しかけたいけれど、いつも本を読んでいるから話しかけることができない。読書好きの彼女の読書を邪魔したくないからだ。
――どうしたら、いいんだよ。
ベッドに勢いよく飛び込み、枕に顔を押しつけた。自分の吐息でどんどん枕の中が熱くなっていく。でもそれとは反対に、僕の心が萎んで冷えていくのがわかる。「小宮さんが好き」と口に出した時に溢れ出た感情の波は、もうすっかり枕に吸い取られてしまった。熱を持った枕に顔をさらに押し付け、どうしたらいいかを考えた。こんなに胸が痛いなんて、恋なんてやっぱりしなきゃ良かったと、自分に言いたくなった。
――こんなに辛いなら、好きなんて感情、いらねぇ……。
そう思ったら、今までなんとなく流れて付き合っていたらしい彼女たちの気持ちが、自分の中に呪いの言葉を呟きながら、なだれ込んでくような気がした。
「好きって言ってるのに、なんで気持ちに応えてくれなかったの?」「なんで何もそっちから何もしてきてくれなかったの?」「なんで返事をくれないの?」そうぶつぶつぶつ言っている、彼女だったらしい人たちが、僕を闇の底へと引き摺り込んでゆく。
――気持ちを伝えたのに、返してもらないって、こんなに苦しいことだったんだ。
僕は今までの僕にいってやりたい気分だった。「なんで彼女たちに返事を返してやらなかったんだよ」と。僕は自分から告白をする勇気も、その返事を待つ時間が苦しいことも、今の今まで知らなかった。ただ流されるように「うん」とだけ言っていればなんとかなるだなんて、そんなの酷すぎると今更ながらに思った。なんてひどいことを今までしてきたのかと、自分を責めた。恋するって、幸せなことだけじゃなくって、苦しいことも同じだけあるのかもしれない。
僕は、自分がどうしようもなくダメなやつだったとようやくわかった。気持ちには、気持ちで答えなくてはいけなかったのだ。「すき」と言われて、「付き合ってください」と言われたら、「はい」か「いいえ」を、ちゃんと僕の気持ちとして相手に伝えなくてはいけなかったのだ。
「これはその罰だ……」
顔を押し付けた枕にそう吐き捨てると、枕はそれを飲み込んで僕の方へとまた押し戻してきた。僕の心はその自分の吐き捨てた「罰」に
僕はしばらくそのまま罰に塗れた枕の中で、その感情に浸っていた。
でも。
――ダメだ。こんなのダメだ。いつまでもこのままじゃダメなんだ。
こんな風に思い悩んでいても何も解決しない。恋の痛みを知ってしまったなら、同じ過ちは繰り返しちゃいけない。僕はベッドから飛び起きて、エアコンの電源を入れた。うだるような暑さとまではいかなくても、六月下旬。部屋の中は蒸し暑かった。夕方だというのにまだ外ではセミが鳴いている。そのセミの鳴き声までもが今の僕を応援してくれている、そう思えばいいと、自分に言った。
「よし! 」
――この、『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』の続きを書くんだ。そしてそこで、僕がどんな風に今まで小宮さんのことを思っていたかとか、なんで彼女がいたのかとかそういうことを書いて、自分の気持ちをちゃんと言葉にして伝えるんだ。
僕はノートパソコンの前に座り、小説投稿サイト「シッピツ」を開いた。目の前の画面には、タイトル『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』の下に、第一話と書かれたボタンがある。
僕はそれを押して、物語を書き始めることにした。
*
そして今に至る。
「どうしたらいいんだー!」
自分の部屋のパソコンの前で、エアコンの風にあたりながら、僕は今、頭を抱え悩んでいる。多分今まで生きてきた中で一番悩んでいるような気がする。考えすぎた僕の頭は熱をもち、エアコンの温度を最大限に低くしても、顔が熱いのは、きっと考えすぎているからだろうと思っている。それくらい、もうかれこれ二時間、パソコン画面とキーボードを眺めている。無謀にも小説なるものを書こうとして。
「ダメだ。全く1文字も浮かばない……」
そんな僕の恋は、いつか実る日が来るのだろうか。
誰にも言えない恋だけど。
完
僕が、俺が、恋する気持ちを知る瞬間 和響 @kazuchiai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます