第2話

 僕は、そこで小宮さんに告白をするつもりで、色々と方法を考えた。その結果、彼女が読書好きだからと、そしてきっとこんな告白をしたら僕のことを好きになってくれるんじゃないかって、そんな妄想をして小説を書き始めてしまった。


 小説投稿サイト「シッピツ」のアカウントを作り、そこに題名と、第一話としてメッセージをのせた。


 タイトルに『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』と書いたとき、僕の指は震えていた。このタイトルを考えるまで何度も本屋さんに通って、最近の流行りの本を見て、どんな題名がいいのか、何度もノートに書いて選び抜いたタイトルだった。


 タイトルを読んだだけで、僕の気持ちがわかってもらえるように。タイトルを読んだだけで、僕のことが好きになってくれるように。そんなことを思ってノートに色々書いているとき、僕は身体中からきっと湯気を出していたと思う。


 いろんなタイトルを考えてシャープペンで書いてるうちに、そのどれもが、「大好きです」「付き合ってください」「どうしようもないほど好きなんです」って脳内で変換されていって、書けば書くほど、僕は小宮さんのことが、どうしようもないほどに好きになっていった。そのどのタイトルも、消しゴムで消していないし、そのどのタイトルもグシャグシャと上から線で消すことができなかった。


 そんな僕の小宮さんへの想いが詰まったノートは、机の引き出しの一番下に隠してある。小説家の母さんに見つかったらいけないからだ。そうはいっても、母さんは家の中の家事を全ておばあちゃんに任しているから、僕の部屋の掃除なんて絶対しないはずだけど。それでも、隙あらば僕の青春を聞き出して、小説のネタにしようとしているのだから油断はできない。これは誰にも言えない恋なのだ。


 そして僕は計画通り、修学旅行で小宮さんと二人きりになれるチャンスを見つけ、僕が小説を書いていることを話した。「絶対誰にも、秘密だから」と言葉を添えて、僕の小説が見れるサイト名とペンネームを伝えた。見てくれたら嬉しい。小宮さんがもしも見てくれたら、きっと僕の気持ちに気づいてくれるはずだと思った。



 修学旅行から帰ってくると、僕は急いで自分の部屋に走っていって、ノートパソコンを立ち上げた。小説投稿サイト「シッピツ」のPVを確認するためだ。もしも小宮さんが僕の『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』と書かれた小説を見てくれたのであれば、第一話の横にあるPVと小さく書かれたところには、「1」と出ているはずだ。


 僕はドキドキしながら「シッピツ」にログインして、震える指でタイトルをクリックした。


「あった……」


 第一話に書いた文章は、『』の11文字だけだ。その文字数が載っている横に、『PV1』とある。僕はじっとそれを見つめた。急速にあのマグマのような熱い感情が湧き上がるのがわかるけれど、僕は肩をぐっと縮め、握った両手で頬を支えながら、その湧き上がる感情を味わった。


「俺は小宮さんが好きです」


 自分の意思ではなく、頬に当てられた二つの握り拳の中でそう小さく呟いていた。身体の中にしまっておいた感情は口に出してみたら、勢いをましていく。堰き止めていた感情の波が僕の身体を乗り越えて、どんどんどんどん溢れ出てくるのがわかった。僕はその波の勢いに乗って椅子から立ち上がり、ベッドにごろんと横になった。部屋の中が暑いのは、まだクーラーをつけていないからだけではないことを僕は知っていた。火照るような頬の熱。じりじりと小さな痛みを感じる耳には、もうこれ以上血液を送れないだろうと思った。


「俺は小宮さんが好きです」


 もう一度言ってみた。ああ、もうだめだ、この気持ちは止めることができない。僕は月曜日が待ち遠しくてたまらなかった。小宮さんは今、僕の左隣の席だ。修学旅行ではまともに僕と目を合わせてくれなかった。でも、「PV1」の「1」は小宮さんに間違いない。


 小宮さんは、三日後の月曜日はどんな顔をして学校にくるのだろうか。これから一緒に学校から帰ることはあるのだろうか、もしそうならば、どんな話をするといいのだろうか。


「俺の母さん、『遥か彼方に君がいた』を書いた、小説家の和山きょうなんだ、とか?」


――だめだ。それだけは絶対知られてはいけない。そんな母さんのネームバリューを利用するなんて、そんなの僕の顔が好きってだけで僕に告白してきた人たちと同じじゃないか。僕の中身を知ってもらいたい。小宮さんには、僕の内側を知ってもらいたいんだ。


 今だ自分を表すときに、「僕」と「俺」が交差する心の狭間で、僕はそんなことを考えていた。読書が好きな彼女は、「僕」の「俺」の気持ちを受け取ってくれただろうか。



 月曜日、学校へ行くと、隣の席の小宮さんはずっとコンタクトだったのに、僕が初めて出会ったときのようにまた眼鏡をかけて登校してきていた。僕の胸はドクンドクンと音を立てた。僕が修学旅行の時に眼鏡の話をしたからだろうか。


「眼鏡やめたんだね」


 たったその一言が、小宮さんをまた眼鏡女子に変えたのかもしれないと思うだけで、僕はもう小宮さんの顔をまともに見ることができなかった。小宮さんは僕のことをどう思っているのだろう。次の日も、次の日も、僕は小宮さんと話す機会をまった。


 でも、小宮さんはまた休み時間のたびに読書をしていてこちらを向かない。僕は小宮さんから何も返事が聞かされないことにだんだん不安になっていった。


――僕の告白。気づいてない? え? もしかして、それってあの「PV1」は小宮さんじゃない?


 

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