第47話 何とも言えない不安

 その後、契約をし終えた私とカーティス様はジュエリーショップを出て行く。


 日はまだまだ高く、お屋敷に帰る前にもう少し街を散策したい。


 そう思った私の気持ちはカーティス様にしっかりと伝わったらしく、彼は私の手を握りしめながら「適当に、ぶらつくか」とおっしゃってくださった。なので、私は首を縦に振る。


「そういえば、この街はとても賑やかなのですね」


 ふと思ったことを、口に出す。


 この街はとても賑やかで、なんというかずっと人の声がしている。


「いや、普段はここまでじゃない。……何か、あるのかもしれないな」


 カーティス様がそんな風に言葉をくださる。何かあるということは、もしかしたら旅芸人一座がやってきているとか、そういうことなのかもしれない。……少し、見てみたいかも。


「何があるか気になるのならば、街の掲示板に書いてあると思うが……」

「では、少し見てみてもよろしいでしょうか?」


 彼の顔を見上げてそう問いかければ、彼はこくんと首を縦に振ってくださった。


 なので、私はきょろきょろと周囲を見渡す。幸いにも、すぐ近くの広場に掲示板らしきものがあった。


 そちらに駆けて行って、私はそれらしきものを探す。でも、旅芸人一座が来るとかそういうことは書いていなかった。


(……じゃあ、単に観光客が多いだけなのかしら?)


 クラルヴァイン侯爵領は豊かだし、観光客もひっきりなしに来るという。でも、それにしては人が多いような――。


 そんなことを思っていれば、不意に後ろから肩をたたかれる。驚いてそちらに視線を向ければ、そこには上品な格好をした老紳士が立っていた。


「お嬢さん、何か気になることでもあるのかい?」


 彼は朗らかに笑いながらそう問いかけてくる。……お嬢さんって。私、そんなに若く見え……。


(るわよね。私、童顔だし)


 心の中でそう呟きつつ、私はこくんと首を縦に振る。この様子だと、このお方はここら辺に詳しそうだし、情報がもらえるかも。


「えぇ、そうなのです。私、この街に初めて来たのですが、何となくにぎやかだったので……」


 肩をすくめながらそう言うと、老紳士は「あぁ、そうなのかい」と言葉を返してくださった。


「実はね、もうすぐここに『豊穣の巫女』様がいらっしゃるんだよ」

「……え」

「だから、街のみんなが盛り上がっているんだ。ついでに言うと、今日は視察団が来ると言っていたよ」


 ……『豊穣の巫女』が、ここにいらっしゃる。


 それに驚いて私が目を見開けば、私の近くにカーティス様がいらっしゃった。老紳士はカーティス様を見て「領主様」と驚いたように目を見開く。


「そちらのお嬢さんと、何か関係がありましたかね……?」


 恐る恐る老紳士がそう問いかけてこられる。だからこそ、私は苦笑を浮かべた。


「一応、婚約者……なのです」


 静かにそう声を上げれば、彼は深々と頭を下げてくださった。


「そうでございますか。いや、軽々しく声をかけてしまい、申し訳ございませんでした……!」


 彼はそう言うと、さっさと場を立ち去ってしまわれた。……なんだか、悪いことをしてしまったような気がするわ。


「で、何かわかったのか?」


 対するカーティス様は何でもない風にそう問いかけてこられる。だからこそ、私は「『豊穣の巫女』が、こちらにいらっしゃるそうです」と説明する。


「本日は視察団の方がいらっしゃっているそうで、騒がしいそうですよ」


 そこまで言って、私はカーティス様のお顔を見上げた。すると……カーティス様のお顔は、驚くほど真っ青だった。


 ……え? 私、何かおかしなことを言った……?


「カーティス様?」


 きょとんとしながら彼の名前を呼べば、彼はすぐにハッとしたような表情を浮かべられる。


「い、いや、何でもない」


 彼は否定されるけれど、そのお姿は何となくいつも通りじゃない。それにきょとんとしていれば、カーティス様がぎゅっと私の手を握ってこられた。……手が、熱い。


「……『豊穣の巫女』は、基本的に貴族の家に滞在する」

「えぇっと……」

「もしも本当に来るんだったら……クラルヴァイン侯爵家の敷地に滞在することになるな」


 いや、あっさりととんでもないことをおっしゃったわね、このお方。


 そう思ったけれど、何となく胸の中にもやもやとしたものが湧き上がってくるような気が、した。


(……気のせい、よね)


 もしかしたら、これは同じ敷地内に女性が滞在するということに対する不安なのかもしれない。カーティス様のお心がそのお方に傾くのでは……という不安、なのかもしれない。


(そんなわけないわ。だって、カーティス様は私のことを愛して――)


 ――くださっているじゃない。


 そこまで思って、私はそっと視線を下げた。


 私たちの間には、何とも言えない生ぬるい風が、吹き抜けていた。

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