第46話 婚約指輪(2)

「……そうだな。よし、それにしよう」


 即決だった。


 いや、カーティス様真面目にデザイン画見ていらっしゃらないわよね……?


 そう思って彼の目を見つめれば、彼の視線はデザイン画ではなく私に注がれていた。……え、何?


「あの、カーティス様?」


 恐る恐るそう声をかける。しかし、カーティス様が返答をくださるよりも早く、女性が動いた。


「かしこまりました。では、さっそく作成に取り掛かりましょう。ところで、あしらう宝石は何になされます?」

「……一番高価なもので、頼む」


 カーティス様が至極真剣な表情でそうおっしゃる。……いや、あっさりと一番高価なものっておっしゃったけれど……。


(お値段、いくらなの……?)


 値段も見ずに買い物なんて、さすがの私でもしたことがない。対するカーティス様はこれが普通らしい。……金銭感覚の違いが、浮き彫りになったような気がした。


「かしこまりましたわ。では、急ピッチで作成させていただきますわ。……出来上がりは十日後になります」

「あぁ、頼む」


 カーティス様がそうおっしゃると、女性は「では、契約書を取ってきますね」と言って部屋を一旦出て行く。


 残されたのは、私とカーティス様。……少し、お話したい。


「あの、カーティス様」


 頬を引きつらせながらそう言うと、彼はきょとんとした表情で私のことを見つめられた。……どうして、私が頬を引きつらせているのかなど想像もされていないのだろう。全く、カーティス様らしい。


「お値段、見なくてもよろしかったのでしょうか?」


 出来る限り優しくそう問いかければ、カーティス様は「構わない」と何のためらいもなくおっしゃった。か、構わないって……。


「そもそも、俺は辺境侯なんだ。……そこら辺の貴族に甘くみられるわけにはいかない」

「……といいますと」

「婚約者に安物をプレゼントするなんて思われたら、面汚しだ」


 ……つまり、カーティス様はクラルヴァイン侯爵家の面目を保つためにも、婚約指輪を高価なものにされたらしい。


 納得したわ。


「それに……その、だな」

「……カーティス様?」


 ふと、カーティス様が口元を押さえられた。……これは、大体照れているときの仕草である。


「エレノアには、最高級のものを渡したいんだ。……俺の、自己満足だが」


 きっと、カーティス様は不器用なのだろう。それを、私は理解した。


「……カーティス様」


 彼の頬をつついて、私はそう声をかける。すると、カーティス様がきょとんとされた表情で私を見つめてこられる。


「私にとって、高価なものをいただくよりもカーティス様のお側に居るのが最高の幸せなのでございますよ」


 本当に、そうなのだ。男性にこんな感情を抱くことになるなんて、昔の私が知ったら驚くだろう。


 でも、私はこのお方が好き。不器用で、照れ屋で。傲慢なところもあるけれど、とっても優しいこのお方が――どうしようもないほど、好き。愛している……の、かも。


「エレノア。……その」

「……はい」

「俺も、エレノアと一緒にいれたら、幸せだ」


 そのお言葉は、照れ屋なカーティス様が勇気を振り絞っておっしゃった言葉だったのだろう。


 それを悟りつつ、私はくすっと声を上げて笑う。


「……ライラ様に、正式に婚約することになったと挨拶しなくてはなりませんね」

「……あぁ」

「祝福、してくださるでしょうか?」


 私が変わるきっかけとなったライラ様のお言葉。彼女は、今の私ならば認めてくれる……ような気がするけれど、やっぱり不安だった。


 私のその気持ちを悟ってくださったのだろう。カーティス様は「認めてくれる」と静かに声をかけてくださる。


「というか、なんだかんだ言いつつもエレノアのことを気に入っていたんだぞ」

「……え?」

「あの人は、結構不器用だから。それに、気に入っていなかったら俺とデートして来いなんて言うわけがない」


 ……そりゃそうか。


 心の中で納得して、私はカーティス様の肩に頭を預ける。


 そうしていれば、女性が戻ってきた。彼女は私とカーティス様の態度を見て「あらあらまぁまぁ!」と声を上げていた。


「本当に仲睦まじいことですわね! ぜひ、結婚式の宝石の類も私めにお任せくださいませ!」

「あぁ、ぜひそうする」


 淡々と女性に言葉を返されるカーティス様だけれど、その頬はやっぱり微かに赤い。


(本当に、格好のつかない人ね)


 そう思ったけれど、私が惚れたのは――このお方なのだ。


 そんな風に思って、私は彼の手をぎゅっと握った。私よりもずっと大きな手は、私の手を包み込んでくださった。

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