第39話 最悪な再会は突然に

 私がぼんやりとその場に立ち尽くしていると、姿を消していたニコラが顔を出す。


 彼女のその表情は神妙な面持ちだ。……もしかしたら、何があったのか理解しているのかもしれない。


「ねぇ、ニコラ」

「……はい」


 その中途半端な間が、彼女が何があったのか理解している証拠になるような気がした。


 だからこそ、私は彼女の肩を力強くつかむ。


「ねぇ、何があったの?」

「そ、れは……」


 いつもの彼女らしくない、歯切れの悪い返事だった。それはつまり、その出来事は『私に関係のあること』ということなのだろう。


 それを悟り、私はニコラのことをただまっすぐに見つめて口を開く。


「私……カーティス様のお力になりたいわ」


 そして、真剣な声でそう告げた。すると、ニコラが戸惑ったように視線を逸らす。あと少し。


「私、カーティス様と一緒にここで生きていきたい。そのためには、何も知らないままでいいとは思えないの」

「……エレノア様」

「守られているばかりじゃ、嫌よ。私はカーティス様のお姫様になりたいわけじゃないのよ……!」


 守られているだけならば子供だってできる。そのため、私は彼の力になりたい。彼の右腕とまでは言えないけれど、彼の役に立ちたいのだ。


「……申し訳ございません。私は旦那様の意思に従うまでですので」


 しかし、ニコラはそう言うと頭を下げてくる。それは、私の意思には従わないということなのだろう。いや、違うのか。カーティス様の意思を尊重して……私には教えないということなのだ。


「……ニコラ!」

「ですが」


 私がニコラの名前を呼べば、彼女は鋭い目で私のことを見つめてくる。その声はとてもはっきりとしていた。


「執事によると、突然の来客だったそうでございます」

「……来客」

「はい。ただいま応接間にお通ししております。……おっと、口が滑ってしまいました」


 最後の言葉はとてもわざとらしい。……つまり、ニコラは『わざと口を滑らせた』のだ。……ううん、私に教えてくれた。


「……ありがとう」


 ニコラにそうお礼を告げると、彼女は「いえ、口が滑ってしまっただけですので」と言ってにっこりと笑う。どうやら、その設定は突き通すつもりらしい。そういうところ、好きよ。


 心の中で彼女にそう告げて、私はカーティス様の執務室を出て行く。そのまま慌てたように早歩きで応接間へと向かう。途中、数名の使用人とすれ違い「どちらに行かれるのですか?」と問いかられた。多分、私が慌てたように歩いていたからだろう。


 もしかしたら、執事に私のことを応接間に近づけるなと命じられているのかもしれない。でも、私は向かう。……止められないように、「少し、お庭に出たいの」と言っておく。使用人たちは怪訝そうな顔をしていたけれど、最終的には折れてくれた。とても、ありがたかった。


 応接間に近づくと、大きな物音が聞こえた。それに驚いて身を縮こますものの、ここで怯んでいてはいけないと理解していた。だから、私は一歩一歩ゆっくりと応接間へと近づいていく。……声からして、中にいるのは三人。カーティス様と執事は確定として、もう一人が来客だろう。


(声からして、男性のようね。……それに、この声……)


 胸の中に嫌な予感がこみあげてくる。額に汗が伝って、心臓が大きく音を鳴らす。ついでにいえば、背筋に冷たいものが走っているような感覚だった。


(……まさか、ね)


 自分にそう言い聞かせるけれど、先ほどから感じる嫌な予感。それに、聞き覚えのある男性の声に心臓が早く音を鳴らす。


 そして、決定打となったのは――応接間から聞こえてきたひときわ大きな怒声。


「ふざけるな! エレノアは元とはいえ俺の妻だ!」


 その後、バンっと机をたたくような大きな音が聞こえてくる。……私を元妻と言い表わす人は、一人しかいない。


 ……ネイサン様だ。


(どうして、ここに……)


 どうして彼はここに、クラルヴァイン侯爵家にやってきたのだろうか?


 様々な疑問が頭の中に降りかかるけれど、そんなことよりも私の頭の中には彼との嫌な思い出が思い浮かんでくる。


 散々愛人と比べられた。散々罵られた。暴力だって振るわれたことがある。……そんな人が、何偉そうな顔をして私のことを元妻と言い表すのだろうか。……おかしくてある意味笑ってしまいそうだ。


 応接間の扉に手をかける。……心臓がどくどくと大きく音を鳴らす。……一旦深呼吸をして落ち着き、私は――ノックもなしに応接間の扉を開けた。


 すると、中の人たちの視線が私に注がれる。執事とカーティス様の驚いたような表情と、ネイサン様のハトが豆鉄砲を食らったような表情がよく見える。


「……ネイサン様。人様の家で、騒がれるはおやめください」


 そっと静かな声でそう告げ、私は一歩を踏み出す。そうすれば、カーティス様が「エレノア……」と戸惑ったような声で私の名前を呼んでくださった。


「カーティス様」

「……あぁ」


 彼の名前を呼んで、私は彼にふんわりと笑いかける。すると、彼はすべてを察してくださったらしい、こくんと首を縦に振られた。

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