閑話4 真実(ネイサン視点)

(……は?)


 バートの言葉に、俺の頭が真っ白になるのがわかった。


 ……アマンダの腹の中にいる子が、俺の子じゃない? そんなわけ、ないのに。


「あら、お腹の子供は間違いなくネイサン様の子よ」


 でも、アマンダは否定する。それにほっと息を吐いた。……そうだ。そうだよな。俺以外の子なわけが――。


「まぁ、設定上は、だけれど」


 そう思った俺の気持ちは、あっさりと踏みにじられた。


 設定上は。ということは、間違いなくアマンダの腹の中にいる子は俺の子じゃない。


「……誰の子なんですか?」


 バートがそう問いかけたのがわかった。……聞かなくちゃいけない。そんな風に思うのに、聞きたくないという気持ちが勝ってしまう。……今のうちに、側を離れよう。


「そんなの決まっているじゃない! バートの子供よ!」


 アマンダのその言葉を聞いた時――俺の中の何かがガラガラと音を立てて崩れていった。


(バートの子? それはつまり……俺は、親友と愛していた人に裏切られたということなのか?)


 バートがアマンダと関係を持っていた。それは……俺の心に深い傷を与えてくる。


 奴にはずっとアマンダのことを相談していた。つまり、俺は親友に心の奥底では笑われていたのだ。……悔しい。


「……どうして、こうなったんだ」


 自分の執務室に戻り、俺は項垂れる。アマンダとバートが関係を持っていた。アマンダの子は俺の子ではなかった。


 いろいろな情報が一気に頭の中に流れ込んできて、どうしようもない気持ちに陥る。


 ……それに、もしもだ。もしも、このことが両親に知られたら――ろくなことにならない。


(そうだ。両親の反対を押し切ってまで、エレノアと離縁したんだ。……アマンダの腹の子が俺の子じゃないと知ってしまったら、どういう風に激怒するか……)


 両親は基本的には温厚で俺に甘い。だが、今回ばかりはそうはいかないだろう。


 だって、両親が決めてきた妻との関係を終わらせた挙句、乗り換えた女に裏切られていたのだから。


 ぎゅっと手のひらを握り、俺は考える。考えて、考えて考えて、とりあえず――。


(アマンダを問いただすのは、後だ。まずは、エレノアのところに行こう。……もしも奴に未練があれば、俺の元に戻ってきてくれるはずだ)


 もう離縁してかなりの時間が経っている。しかし、そもそも奴は出戻り娘。こっちが関係を修復したいと言えば喜んで飛びついてくるに違いない。


 そんな風に考え、俺は執事を呼んで至急エレノアの居場所を捜すようにと命じた。どうせ、ラングヤール伯爵家にいるだろう。


 そう、思っていたのに――数日後に俺の元に届けられた調査書によれば、奴は辺境にいるということだった。


(嘘だろ? しかも、新しく婚約した、だと……!?)


 許されるはずがない。そもそも、離縁した娘を娶りたいなどという物好き、ろくな奴じゃない。


 調査書を握りつぶしながら、俺はもう一度考える。考えて、考えて、考えて――辺境に行くことにした。


(もう、アマンダに愛はない。真実を知ってしまったら、一気に愛は冷めてしまったな……)


 奴がバートと共に俺の悪口を言っていることに、気が付いてしまったのだ。バートのことをクビにすることも考えたが、そんなことをしてしまえば両親に問いただされるのは間違いない。奴は、本当の外面が良いのだ。


「……旦那様?」


 怪訝そうな表情で、執事が俺の顔色を窺う。


 ということもあり、俺は「今から、辺境のクラルヴァイン侯爵家に向かう」と告げた。


「ちょ、旦那様!? 旦那様がいなくなられたら、誰が奥様を嗜めるのですか……!?」


 執事が慌てふためきながらそう言う。……そんなもの、知らん。


(あんなにもわがままが可愛らしかったのに、今は憎たらしいだけだ)


 可愛らしく強請ってくる宝石やドレス。あんなにも愛おしかったわがままが――今は一番憎たらしいものに変わっていた。


「知らん。アマンダのことは放っておけ。いっそ、追い出してしまってもいいぞ」


 帽子をかぶり、俺は執事にそう吐き捨てる。すると、奴は呆然としていた。そりゃそうだ。今までアマンダに熱を上げていた俺が、アマンダを蔑ろにするようなことを口にしたのだ。……当たり前だ。


「とりあえず、俺はエレノアの元に行く。……いいな?」

「……は、はぁ」

「……戻ってきてくれると信じよう。……今度はしっかりとエレノアと関係を築きたいといえば、奴ならば戻ってきてくれる」


 その考えが、いかに甘ったるい考えだったのか。


 そんな真実を知ることになるのは――これから、ほんの少し後のことだった。

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