閑話3 騙された!(ネイサン視点)

 元々『彼女』のことは嫌いだった。


 何もかもをわかったような口ぶりで、何でもできる『彼女』のことが苦手だった。


 『彼女』は賢く、夫である俺のことを立てることはしなかった。可愛げも欠片がない彼女のことを――嫌いになるのは当然だろう?


 それに、俺には最愛の女性がいた。名前はアマンダ。さらりとした赤色の髪が特徴的な、美しい女性だ。でも、彼女の性格は恐ろしいほどに可愛らしい。それに、おっとりとした金色の目はまるで黄玉のようで。


 そんなアマンダに溺れていくにつれ、婚約者である『彼女』のことが疎ましくなった。


 しかし、親に決められた結婚を覆すことは出来ず、俺は『彼女』と永遠の愛を誓ってしまった。


 ……だけど、そんな俺にもチャンスが巡ってきた。


「ネイサン様。あたし、どうにも子供が出来たみたいなんです」

「ほ、本当か!?」


 俺の身体にもたれかかりながら、アマンダがそう告げてくる。


 ……これで、全部解決する。心の中でそう思って歓喜した。


 両親からは早く跡取りを作れと急かされていた。とはいっても、『彼女』――エレノアとの間に子供など出来るわけがない。だって、俺たちは所詮白い関係だったからだ。


(……アマンダに子が出来れば、父と母を納得させられる!)


 さすがの両親も、子供が出来たと知ればアマンダを正妻に据えなくてはならないと思うだろう。それに、エレノアとの間に子供が出来ないのだから、最悪の場合でも妥協はしてくれるはずだ。


 そう思った俺の行動は早く、両親に頼み込みエレノアとの離縁の権限を得た。


 その後……俺はエレノアに離縁を突きつけ、彼女をクローヴ侯爵家から追い出した。


「あたしが正妻なのね。……ふふっ、ネイサン様、大好きよ」


 アマンダがそう言って甘えてくるのが可愛くて、俺は幸せな夢に浸っていた。


 そう、これは所詮――夢だった。それに気が付いたのは、エレノアが出て行って三ヶ月が経った頃。


「奥様なのですが、今日も淑女教育を抜け出されてしまい……」


 アマンダの生まれは平民だ。そのためなのか、両親は俺とアマンダが結婚することについての条件として、アマンダが淑女教育を受けるということを出した。


 初めはアマンダも健気に「頑張りますわ!」と言ってくれていた。


 しかし、一ヶ月、二ヶ月と経つにつれ、アマンダは淑女教育をすっぽかしたり抜け出したりするようになったのだ。


 これには家庭教師も頭を抱えてしまい、両親の耳にも届いている。その所為で、俺はそこら中から責められる始末だ。


「奥様にもう少し厳しく言ってくださいませんかね?」

「……アマンダは妊娠しているんだ。そんな厳しくは出来ないな」


 俺の言葉を聞いて、家庭教師が露骨にため息をつく。


 かと思えば、彼女は懐から何か一つの封筒を取り出してきた。その封筒に書かれている文字は――辞表という文字。


「悪いですが、私ももう限界でございます」

「ま、待ってくれ! 貴女に投げ出されたら、アマンダは……!」

「そんなの旦那様の勝手でございますよ。私は知りませんよ」


 家庭教師は踵を返して俺の執務室を出て行った。


 ……そもそも、アマンダは妊娠しているんだ。その状態で淑女教育など出来るわけがないじゃないか。


 そんな風に思うのに、何故か胸の中を覆うのはアマンダへの不信感。


 どうして、真面目に淑女教育を受けないんだ?


 そもそも、侯爵夫人になりたいと言ったのはあちらの方なのに。


(アマンダは、どうして……)


 もしも体調が悪いのならば、素直に言ってくれればいいのに。


 そう思いながら俺が立ち上がり、執務室を出て行こうとしたときだった。


 不意に近くの部屋からアマンダの声が聞こえてきた。


(……こんなところでさぼっていたのか)


 心の中でそう思いつつ俺がそちらの部屋に近づいていくと、どうやらアマンダは誰かといるらしかった。


「もうっ! いやだわぁ!」


 彼女のその声は元気そのものだ。


 だからこそ、俺はアマンダにガツンと言ってやろうという気になる。


(……もう、こっちだって限界なんだ)


 両親にも家庭教師たちにも責められる日々は、もうごめんだ。


 アマンダがしっかりとしてくれれば、すべてが解決するというのに。


 そう思ってその扉に手を書けたときだった。


「本当に、貴女は悪女ですねぇ……」


 男の声が聞こえてきた。その瞬間、俺の背筋に冷たいものが落ちていく。


(……この声、バートのものじゃないか)


 バートとは、この家の見習い執事である。見た目麗しいためか、女性の使用人から多大なる人気を誇っている。


 ちなみに、そんな彼と俺は身分の垣根を超えた親友だったりする。


 何故だろうか。手が震える。これ以上は、聞いてはいけないと思うのに――好奇心が止まらない。


 真実を知りたいと思ってしまう。


「あら、悪女で結構よ。……あの忌々しい女を追い出したのだから、もう目的は達成したに近いじゃない」


 けらけらと笑いながらアマンダがそう言っているのがわかる。……違う。気のせいだ。


 こんなことを言っているのは、アマンダじゃない。


「それに、今の私は侯爵夫人。それに、次期侯爵の母なのよ。もう、苦労しなくても済むわ!」

「……そうですねぇ。しかし――」


 ――お腹の子供、旦那様の子供ではないのに、よろしいのですか?

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