第38話 通じる気持ち

 私が戸惑いつつ目をぱちぱちとさせていると、カーティス様は私の身体を引き寄せて、私のことを抱きしめてこられた。


「……え?」


 意味が分からなくて彼の顔を見つめようとするけれど、彼は私の肩に顔を押し付けていて。


 顔が、これっぽっちも見えない。


「……エレノア。嬉しい」


 ぎゅっと力強く抱きしめられて、そう囁かれる。


 その瞬間、私の顔にぶわっと熱が溜まっていくのがわかった。


 ……なんなのだろうか。反則過ぎないだろうか。


「お、俺も、エレノアが好きだ」

「……カーティス、さま」


 ゆっくりと彼の名前を呼べば、彼は「……あぁ」と返事をくださった。


 だからこそ、私は小さく「軽蔑、されませんか?」と問いかけていた。


「軽蔑?」

「……だって、私……その、重くない、ですか?」


 こっそりと不安だったことを言えば、彼は「全然、重くない」とおっしゃった。


「むしろ、嬉しい。エレノアが……その、俺のことを好いてくれているって、実感できるから、な」


 最後の方の言葉は今にも消え入りそうなほど小さかった。


 けど、そのお言葉に私の心臓がどくんと大きく音を鳴らす。……それほどまでに、カーティス様のお言葉は私の心を射貫いていた。


「……それに、俺も、多分重い」

「そうなの、ですか?」

「あぁ、エレノアと想いが通じ合ったばかりだというのに、俺は……その、もう、エレノアと結婚することを、考えているんだ」


 ぎゅっと抱きしめられたまま、カーティス様はそうおっしゃった。


 ……私と、結婚。


「……嬉しい」


 その言葉を頭の中で反復させると、何とも言えない幸福感が私の胸中に溢れ出てくる。


 このお方は私のことを愛してくれている。……それが嫌というほど伝わってきて、私は身体全体が幸福感に包まれるような感覚だった。


「本当か?」


 疑ったようにカーティス様が視線を向けてこられる。きっと、私が気を遣ってそう言っていると思われたのだろう。


「本当、です。……あの、カーティス様」

「……あぁ」

「私のこと――本当の、婚約者にしてくださいませんか?」


 お飾りの婚約者じゃない。本当の婚約者。本当に結婚を約束した相手になりたい。彼の――唯一になりたい。


 そんな贅沢すぎる感情が胸の中を支配して、私の口は自然とそう言っていた。


 そうすれば、カーティス様は「……もちろんだ」とおっしゃる。


 その後、カーティス様は私の身体を一旦離されると、その場に跪かれた。


「エレノア。どうか、俺と一緒にこのクラルヴァイン侯爵家を発展させていってほしい」


 多分、これがカーティス様なりのプロポーズだったのだろう。


 それがわかるからこそ、私は静かに「……はい」と言って彼の手に自身の手を重ねる。


「俺が幸せにする……なんて、かっこいいこと、言いたいんだ。本当は」

「……はい」

「でも、俺の気持ちは……エレノアと一緒に、幸せになりたいんだ」


 彼の頬が仄かに赤く染まっている。


 ……何だろうか。何とも照れ屋な彼らしいプロポーズではないだろうか。


 そう思って、私は静かに息を吸う。


 そして、「はい」と言っていた。


「私も、カーティス様と一緒に幸せになりたい。カーティス様と、この先の人生を歩んでいきたいです」


 ネイサン様の時には思わなかったこと。思い描けなかった未来。


 それが、不思議なほどにカーティス様とだったら簡単に思い描けた。


「……エレノア」


 私の言葉を聞かれたカーティス様が、私の頬に片手を添える。


 ……これは、もしかして口づけされるのだろうか?


(……嬉しい)


 不思議なほどに、私はそれが嬉しかった。そのため、私はそっと目を瞑る。


 カーティス様の息が肌に当たって、彼のお顔がすぐそばにあることを実感してしまう。


(――好き)


 そんなことを考え、私とカーティス様が口づけをしようとしたときだった。


「旦那様!」


 誰かが執務室の扉をノックもなしに、開けた。


 その所為で、私たちはいち早く身を離した。……さすがに、こんなところ見られたくない。


「旦那様、緊急事態でございます!」


 どうやら扉を開けたのは執事らしかった。彼は素早くカーティス様の元に寄られると、何かを耳打ちしていた。


 すると、カーティス様の表情が見る見るうちに険しくなってしまわれる。そこに、先ほどまでの幸せそうな表情はない。


「……わかった。すぐに行こう」


 カーティス様はそれだけをおっしゃって、私の頭にポンと手を置かれる。


「少し所用が出来た。……席を外すから、エレノアは部屋に戻っていろ」


 軽く私の頭を撫でて、カーティス様が颯爽と場を立ち去ってしまわれる。


 ……何だろうか。なんとなく、胸の中に嫌な予感が駆け巡っていく。


(……どう、して)


 気がつけば、先ほどまでの幸福な気持ちは何処かへ消えていて。


 私の胸の中を渦巻くのは――嫌な予感と、微かな恐怖心だけとなっていた。

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