閑話2 勢いの告白(カーティス視点)

 心の底から思った。


 ――やってしまった、と。


 エレノアに勢いのままに告白してしまった。


 執務室に戻って、仕事に戻ろうとした。が、戸惑ったようなエレノアの表情が忘れられない。


 その所為で、仕事は全くはかどらない。


「……どうしたんだ、俺は」


 元々不器用な性格であるということは理解していた。けれど、勢いで告白するようなへまをする人間ではなかったはずだ。


 ……いや、違う。今まで、女性を本気で好きになったことがなかった。特に、女性を嫌うようになってからは。俺は、ずっと――恋なんて、したことがなかったんだ。


「旦那様。どうなさいましたか?」


 書類を届けに来た執事が、怪訝そうに俺のことを見つめてくる。……長年の付き合いになるこいつにならば、まだ本音を話してもいいかもしれない。


 だが、笑われたらどうしようか。


 そんな不安が胸中に渦巻いて、上手く言葉にならない。……俺は、一体いつからこんな軟弱な人間になってしまったのだろうか。


「……なぁ、少し、いいか?」


 しかし、誰にも相談しないという選択肢はなかった。


 だからこそ、気を遣って執務室を出て行こうとする執事を呼び止める。


 そうすれば、彼はきょとんとしたような表情で俺を見た。……何だろうか。こいつのこういう表情はレアかもしれない。


「なぁ。何を言っても笑わないか?」

「……はぁ」


 俺の言葉に執事が少し戸惑っているのがわかる。


 そりゃあ、いきなりこんなことを言えば、戸惑うのはわかる。


 そう思いつつ、俺は「……エレノアの、ことなんだ」と視線をそっと書類に落として、出来る限り大きな声で言う。


「……エレノア様の」

「あぁ、俺、実は――」


 もう、観念してしまった。


 そのため、俺はぽつりぽつりとエレノアに勢いで告白してしまったこと。そして、彼女に途方もないほど惹かれているということを、執事に話した。


 執事は初めは戸惑い驚き、何とも言えないような表情を浮かべていた。


 でも、すぐに「……旦那様も、成長されましたね」と言い出す始末だ。……これは成長じゃない。退化という奴のはずだ。


「違う。退化だ。……俺は、エレノアの気持ちも考えずに、好意を伝えてしまった」


 唇をぎゅっとかみしめてそう言えば、執事は「いえ、成長ですよ」と言って笑う。


「旦那様が、女性に好意を抱けるようになっただけ、成長です。……以前の貴方は、痛々しくて見ていられなかった」

「……そうか?」

「はい。女性を寄せ付けないように振る舞う様子は、まるで警戒する猫のようでした」


 ……そんな風に、思われていたのか。


 そんなことを考えていれば、執事は「……それに、エレノア様も迷惑されていないと思いますよ」と言って笑う。


 ……その表情は、とても穏やかに見えてしまう。


「エレノア様も、なんだかんだおっしゃっても旦那様のことを少なからず好いております」

「……それ、は。本人も言っていた。だが、それが恋愛感情かは――」

「――でしたら、惚れていただけばいいのですよ」


 淡々と告げられる執事の言葉は、俺にとって難しいことでしかない。


 俺は女性に惚れられるような人間ではない。容姿は整っている方だし、権力もある。


 けれど、それだけだ。中身は傲慢で、不器用で、照れ屋で。何よりも、俺は空っぽなのだ。中身がない。


「エレノア様に少しずつでも惚れていただきましょう」

「……とはいっても、どうすれば」

「そりゃあ、旦那様のいいところをアピールしましょう。私どもも、協力させていただきますよ」


 ニコニコと笑う執事に若干引いていれば、彼は「……旦那様はまず、お優しいです」という。


「俺は、傲慢だ」

「ですが、それ以上にお優しいです。その点がエレノア様にしっかりと伝われば、彼女もきっと旦那様を意識してくださいます」


 優しい、か。優しい。そんなこと、言われたのはいつぶりだろうか。


 そう思い、また俯く。……俺は、意気地なしなのかもしれない。肝心なところで踏み切れない。いわゆるヘタレだ。


「……旦那様」

「……あぁ」


 ぼんやりとしていると、名前を呼ばれた。だからそちらに視線を向ければ、執事の奴は「……貴方様は、エレノア様とどうなりたいのですか?」と問いかけてくる。


「万が一、彼女が別の男性の元に向かったら、どう思いますか?」

「そ、そりゃあ、嫌だが……」

「でしょう? やらなくて後悔するよりも、やって後悔してください。……大丈夫です。旦那様ならば、出来ますよ」


 まるで子供扱いされている気分だった。だが、執事は今年五十になるため、俺のことも子供のように思っているのだろう。……父の代から、仕えてくれているのだ。


「エレノア」


 ぎゅっと手を握って彼女の名前を呼ぶ。


 初めに容姿に惹かれた。次に美味しそうにたくさん料理を食べるところに惹かれた。彼女は何処となく後ろ向きだったが、頑張ろうとする態度に惹かれた。……気がつけば、どんどん彼女にのめりこんでいたのかもしれない。


(出逢ってこんなにもすぐに恋に落ちるなんて……神様が見たら、笑うな)


 そう思ったが、一目惚れという言葉もあるくらいなのだ。


 だからきっと――大丈夫。俺は、エレノアと真剣に向き合える。


 自分自身にそう言い聞かせて、俺は書類にもう一度向き合った。

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