第35話 ぎこちない

 カーティス様に想いを告げられてから、早くも三日が経った。


 あれ以来、一言で表せば私とカーティス様はあまり関わっていない。……違う。私が彼を避けているのだ。


 いや、それも少し違うかもしれない。……実際は。


「え、エレノア」

「……カーティス様」


 お屋敷の廊下でばったりとカーティス様と会ってしまう。


 そのため、私がそっと視線を逸らせば、彼は「……そ、その」と口ごもってしまわれる。


 だからこそ、私は「本日は、その、いいお天気ですね」となんてことない話題を振った。大きな窓から外の景色を眺める。……雲が立ち込め始めており、お世辞にも良い天気だとは言えなかった。


「あ、あぁ、そうだな」


 なのに、カーティス様は同意される。……これ、絶対にお外の天気なんて見ていないでしょう。


 そう思ったけれど、変な話題を振ってしまった私にも責任がある。……彼だけを責めていいわけがない。


「では、失礼いたします」


 いたたまれなくなった私は、ぺこりと頭を下げて場を立ち去ろうとする。けれど、その手首をカーティス様に掴まれた。


 驚いて彼に視線を向ければ、彼は「あ、そ、の……」ともごもごと口を動かされるだけ。……どうやら、咄嗟に掴んでしまったらしい。そういうとき、あるわよね。


(……振りほどきたく、ないなぁ)


 振りほどかなくてはならないことはわかっている。でも、どうにも彼の手のぬくもりが恋しくて。かといって、それを口に出すこともできなくて。


 私はその場で俯いてしまった。


「エレノア……」


 そんな私を見かねてか、カーティス様が声を上げられる。それに縋るように視線を彼に向ければ、彼は「……悪い、何でもない」とだけおっしゃって、手をパッと放してしまわれた。……寂しいような、気がした。


(でも、やっぱり私から、なんて……)


 行動できない自分自身が恨めしい。


 そう思いながら、私はぎこちのない笑みを浮かべて早足で場を立ち去ってしまった。


 ……本当に、ぎこちないかかわり方だ。


(……私たち、ずっとこのままなのかな……)


 カーティス様は、あれ以来私とのかかわり方がぎこちなくなってしまわれた。


 それにつられてなのか、私もぎこちないかかわり方しか出来なくなってしまった。


(恋を知ったばかりの子供じゃあるまいに……)


 歩きながらそう思うけれど、実際私たちの態度はそういう風に見ることしか出来ない。


 恋を知ったばかりの女と、勢いで告白してしまった男。


 多分、私たちはそういうことなのだろう。……何を言っているのかは、いまいちよく分からない。


 そんなことを考えていると、ふと頭の上から「エレノア様」と声が降ってくる。


 その言葉につられるように顔を上げれば、目の前からニコラが歩いてきていた。


 ……今日は一人になりたいと、彼女とは別行動をしていたのだ。


「どう、したの?」


 肩をすくめながらそう問いかければ、彼女は「旦那様との、ことなのですが」と言って眉を下げた。


 実のところ、使用人の中でニコラだけがあの勢いの告白を知っている。……私が、話したから。だって、誰にも相談できずに抱え込むことなんて出来なかった。


「その……」

「うん」

「一旦、お部屋でお話しましょうか」


 どうやら、あまりにも私の顔が暗いから気を遣ってくれたらしい。


 それに心の奥底から感謝しながら、私は女主人の部屋に向かう。


 ライラ様が帰られたので、私は客間に戻ってもよかった。なのに、ほかでもないカーティス様が「このままこの部屋を使え」とおっしゃったのだ。……私はお客さんの立場なので、彼の提案を断るような無礼は出来なかった。


 ……これも、違うか。私は彼との些細なつながりを、消したくなかったのだ。


「エレノア様」


 お部屋に戻ると、ニコラが凛とした声音で声をかけてくる。そのため、私がこくんと首を縦に振れば、彼女は「……このままで、よろしいのですか?」と問いかけてきて。


「……でも」

「でもとか、だってとか。もう言いたくないとおっしゃっていたではありませんか」


 確かに、ライラ様に指摘されて私はそう思った。


 だけど、こればかりは仕方がないのだ。恋を覚え、彼への気持ちを自覚し始めてしまった私にとって、これだけはどうしようもない。


「無理よ。私、好き……かもしれない人に告白されて、冷静でいられるような人間じゃないの……」


 もしも、の話をしよう。


 もしも、私がネイサン様の元に嫁ぐ前にカーティス様に出逢って惹かれていたならば。


 私は、彼の気持ちを何のためらいもなく受け入れただろう。


 そう、私は怖いのだ。……この出戻り娘が、カーティス様の経歴に傷をつけてしまうのではないかと思って、怯えているのだ。


「私が一緒になって、カーティス様が何かを言われるのが嫌なの……。だって、私は出戻り娘よ? 身は清らかなままとはいっても、世間はそう見てくれないわ」


 ゆるゆると首を横に振りながらそう訴えれば、ニコラは「……はぁ」と露骨にため息をついた。


 私はそれに驚く。彼女はこういう風な態度を取る侍女ではなかったというのに。

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