第34話 ライラの真意
だけど、時間というものは待ってはくれない。
私がどれだけカーティス様の告白に心を乱されようとも、容赦なく進んでいく。
「エレノアさん。そちらに座って頂戴」
だから、私はライラ様の滞在されている客間にやってきていた。
ライラ様は一体私と何を話そうとされるんだろうか。少なくとも、私には話すことなどないというのに。
(……それ、に)
私の今の心を占めているのはカーティス様だ。……こんなことを言っては何だけれど、ライラ様のことを考える余裕がない。
そう思いつつも、私はライラ様に指示された通りにソファーに腰を下ろす。すると、侍女が二人分の紅茶を持ってきてくれた。
「下がって頂戴」
その後、ライラ様は侍女を下がらせる。
残されたのは、私と紅茶の入ったカップを口に運ばれるライラ様だけ。彼女はきれいな仕草で紅茶を飲まれると、私に対して「……で、どうされるの?」と問いかけてこられた。
……どうされる、とは?
「どういう意味、でしょうか?」
きょとんとしながらそう返せば、彼女は「カーティスとの、婚約の話よ」とおっしゃって、私のことをまっすぐに見つめてこられた。
「……カーティスは、貴女のことを好いているわ」
淡々とライラ様がそう告げてこられる。……彼女は、一体どこまで理解しているのだろうか。
そんなことを思ってぼんやりとしていれば、彼女は「……貴女も、カーティスのことを少なからず好いている」と続けられた。
……胸が締め付けられるような感覚だった。
「わたくし、貴女と過ごしてわかったことがあるの」
カップをテーブルの上に戻しながら、ライラ様はそう呟かれた。
そして、私の目をまっすぐに見つめられる。
「貴女、そんなに悪い人じゃないのよね」
「……え?」
「わたくしは貴女みたいな人は大嫌い。……でも、貴女はちょっと違うのかも」
意味が、分からない。
私みたいな人は大嫌い。だけど、私のことはちょっと違う。……文章にするとめちゃくちゃで、意味が通じていないようにも聞こえてしまう。
「わたくしはロマンチストと呼ばれる部類の人間らしいの」
「……はぁ」
しかし、いきなり何をおっしゃるのだろうか。
そう思って私がまたきょとんとしていれば、ライラ様は「……カーティスにも、きっといい女性が現れる。そう、信じていたわ」とボソッと零された。
「その女性は、とても素敵な人。……あの子と並ぶのだから、それくらい当然だと、思っていたの」
「……はい」
「実は、あの子には一時期婚約者候補がいたのよ」
懐かしむようにライラ様はそうおっしゃった。何処か遠くを見つめられてそんな言葉を呟かれるライラ様は、何となく苦しそうだ。
「カーティスも当時はその婚約に乗り気でね。……わたくし、あの子の未来は安泰だと思っていた」
次に目を伏せられて、ライラ様はそう続けられる。
「だけど、あの子、ある日突然『婚約なんてしない。女なんて信頼できない』って言いだした。……あれは、そうねぇ。十二歳の頃だったかしら」
「そうなの、ですか」
「理由を聞いても教えてはくれないわ。……ただ、何かがあったのだろうとわたくしは察した。……あの子は、あれ以来女性を側に寄せ付けなくなった」
まるで昔話だ。……いや、昔話なのか。カーティス様の、過去のお話。
「だから、思ったの。わたくしが、この子の妻を探さなくちゃって。見つけなくちゃって。完璧な女性を、見つけなくてはと」
「……」
「でも、それって所詮エゴだったのね。……わたくしの選ぶ女性をことごとくあの子は拒否した。……そして、自分で見つける。そう言って――貴女を、連れてきたわ」
私は、ただライラ様のお話に耳を傾けた。……それしか、出来なかったから。
「貴女を初めて見たときのことよ。……わたくし、歪さを感じたの」
「……歪さ、ですか?」
「えぇ、ぎらぎらとした目をしているのに、何かをあきらめているかのような。……すごく、素敵だと思ったわ」
「……え?」
「磨けば絶対に輝く。そう思ったから、わたくしは貴女にきつく当たることにした」
うんうんと頷いて、そんなことをおっしゃるライラ様は心底楽しそうだった。
「貴女が傷ついて、あの子が慰めれば。きっと仲は深まる。……ふふっ、我ながら完璧な作戦だわ」
ころころと笑って、ライラ様はそんな言葉を告げてこられる。……その言葉が、私の胸に突き刺さっていく。
「えぇっと……。一つだけ、確認してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
「ライラ様は……私と、カーティス様を、本当に結婚させたいのですか?」
ライラ様のお言葉を真面目に捉えると、そういうことになってしまう。
だからこそ私はそう問いかけた。でも、彼女は「ふふっ」と声を上げて笑われた。
「そうよぉ。当たり前じゃない。……エレノアさん、どうか、あの子のことを――」
――末永く、本当に末永くよろしくね。
そのお言葉に、私はどういう反応をすればいいかが、これっぽっちも分からなかった。
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