第33話 困ってしまう

 彼は、今なんとおっしゃったのだろうか。


 聞き間違いでは無ければ、「好き」だとおっしゃっていたような気がする。


(……だ、れを?)


 先ほどの会話の流れ。私が抱きしめられている。


 そこら辺を考えれば、彼は私のことを好きだとおっしゃっているのだ。


 ……ありえないのに。


「……えぇっと、だれを、ですか?」


 恐る恐るそう問いかければ、カーティス様は「ほかでもないエレノアのことだ」と告げてこられる。その際に、私の身体を抱きしめる力がさらに強くなった。


「え、エレノアって、私じゃない、何処か別のお方のこと、ですよね?」


 エレノアという名前は一般的な名前。別に珍しいわけじゃない。だから、私と同名の人はたくさんいて――……。


「違う。俺が好きなのは……その、エレノア・ラングヤールという女性、なんだ」


 ……もう、自分の心を隠す言い訳なんて出来そうになかった。


 縋るように抱きしめられて、私の顔にさらに熱が溜まっていく。さらに言えば、どくん、どくんと私の心臓が大きく音を鳴らす。


「エレノア。……お前のことが、俺は好きなんだ」


 ぎゅっと力いっぱい抱きしめられてしまって、私は苦しくなってしまう。


 いや、それ以上に――心が、苦しい。


 ポロリと涙を零せば、彼は「……俺は、エレノアの本当の婚約者になりたいんだ」と消え入りそうな声で告げてこられた。


(……そんな、の)


 もしかしたら、これは都合のいい夢なのかもしれない。私がカーティス様に惹かれていて、それが見せた幻覚なのかもしれない。

 この苦しさは、夢ではないような気がするのに。


「ご、ご冗談、を」

「冗談じゃない」


 私の退路を断つようにカーティス様がそう言葉を告げてこられた。


「俺は、エレノアが好きだ。たくさん食べる姿も、少し幼く見える容姿も。強かな性格も。全部、全部好きになってしまったんだ」

「……わ、たしは」

「俺のこと、嫌いじゃないと言っただろう?」


 確かにそれは言った。だけど、それが彼の隣にいていい理由にはならない。……そもそも、私と彼は似合わない。


「に、似合いません、から」


 そっと目を伏せてそう言えば、カーティス様は「他所の奴なんて、無視すればいい」と震える声で告げてこられる。


 ……無視、すればいい。醜聞なんて気にしなければいい。言いたい奴には言わせておけばいい。


 そんな言葉を、私の心の中の悪魔が囁く。けれど。


「わ、私、そんなこと望んでません……!」


 自分の幸せをしっかりと望まなくては。私の幸せを望むのならば、カーティス様と結ばれたい。


 なのに。私は――彼に、辛い思いをしてほしくないと思っている。


「私は、私はっ!」


 私の手が空を切る。無意識のうちにカーティス様の背に手を伸ばそうとしていた。


 それに気が付いて、慌てて手を引っ込めた。


「エレノア」


 熱っぽい声で名前を呼ばれて、心臓がバクバクと大きく音を鳴らしていく。……もう、無理だった。


(……私も、好き)


 何処となく不器用なところも。何処となく照れ屋なところも。好きで好きで、仕方がない。


 ……こんなこと、思っても無駄なのに。わかっているのに。この気持ちが――爆発してしまいそうだった。


「カーティス、さま」

「……あぁ」


 私の言葉にカーティス様は静かに返事をくださる。彼の顔は私の首筋に埋まっていて、何となく恥ずかしいような、こそばゆいような。不思議な感覚に陥らせてきた。


「……と、とりあえず、持ち帰らせて、ください」


 拒めば楽なのに。今すぐに拒めば――悩まなくて済むのに。


 彼の気持ちを蹴り飛ばすことが出来なくて、私の口は無意識のうちにそんな言葉を紡いでいた。


「……わかった」


 拒否されなかったことに対する安堵なのか、カーティス様がほっと息を吐かれてそんな言葉を零される。


「いい返事を、待っているから」


 静かにそう告げられて、私の顔に一気に熱が溜まる。……無理だ。無理だ。好きで好きで――たまらない。


(私が、このお方の側に並べるの?)


 自問自答をしても、答えなんて出てこない。ただ、カーティス様のことが好きという気持ちが止まらない。……バカげている。愛とか恋とか、信じていなかった頃の私が見たら指を指して笑うだろうに。


 カーティス様の身体が、私の側から離れていく。それに名残惜しさを感じながらも、私は彼の目を控えめに見つめる。


 ……彼の顔は真っ赤で、目の奥は揺れていた。多分、本気で照れていらっしゃるのだろう。……もしかしたら、これは彼にとって一世一代の告白だったのかも、しれない。そう思わせるほどだった。


「……エレノア」


 最後に彼の手が私の頭を軽く撫でて、彼はお屋敷の中に入っていく。……残された私は、どうすることもできずに俯いていた。


(……好きなのは、私も、一緒)


 その気持ちを実感するたびに――何とも言えない気持ちが、胸中を支配していた。

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