第32話 いきなりの告白

 その後、私たちはお屋敷につくまで一言も交わさなかった。


 ただ、馬車が小さく揺れる感覚と音を聞くだけの空間。


 ちらりと横目でカーティス様のことを見つめれば、彼は私のことを凝視されていて。しかし、私と視線が合ったためなのか露骨に視線を逸らされてしまった。


(……ぎこちない)


 何なのだろうか。ぎこちない空間と言えばいのだろうか。


 まるで、婚約したばかりの年頃の男女のように。私たちは、互いを意識して話せなくなってしまったかのように。


 ――何も、言葉を交わせなかった。


 次に私が口を開いたのは、クラルヴァイン侯爵家のお屋敷についたときだった。


 なんと言っても――玄関で、ライラ様が仁王立ちされていたから。


「カーティス、エレノアさん」


 彼女は仁王立ちされたままカーティス様と私の名前を順番に呼ばれる。


 それに怯んでしまえば、彼女は「……少しは、楽しかったかしら?」と問いかけてこられる。


 なので、私はこくんと首を縦に振って「観劇は、楽しかったです」とはっきりという。


 観劇は楽しかった。昼食も楽しかった。……楽しくなかったのは、馬車の中の空気くらいだ。


「そう、よかったわ」


 私の言葉を聞かれたライラ様はつんと澄ましてそうおっしゃる。


 それから「わたくし、明日帰りますから」と突拍子もなく続けられた。


「……え?」

「婚約者の母親なんて、長々と一緒に住むものではありませんから」


 ため息を一つつかれたライラ様がそんな言葉を発せられる。……そのお言葉は、完全に私にかけられたお言葉だった。


「エレノアさん」

「……はい」

「どうか、今後ともカーティスのことを末永くよろしくね」


 彼女はふんわりと笑われた後、それだけを告げて踵を返された。


 ……今後とも。末永く。


 それって……。


「あ、あのっ!」


 ライラ様の方に私が手を伸ばしてそう声を上げれば、彼女は「なぁに?」とだけおっしゃって振り返られる。……その目は、何もかもを見透かされているかのようだった。


「……もしよかったら、明日、わたくしが帰る前に時間をくださいな」


 しかし、ライラ様はそれだけの言葉を残されて颯爽と場を立ち去ってしまわれた。


 ……意味が、分からない。


 そう思ったのもつかの間、不意にカーティス様の手が私の肩に置かれる。……まるで、壊れ物を扱うかのような丁寧な触れ方に、私の心臓がどくんと音を鳴らす。


「……エレノア」


 どうして、そんな風に切なそうに名前を呼ばれるのだろうか。


 その所為で私が目をぱちぱちと瞬かせていれば、カーティス様の大きな手が私の肩から首に移動して……そのまま、私の頬に触れる。


「……カーティス、さ、ま?」


 ぱちぱちと目を瞬かせて彼の名前を口にすれば、彼は「……あの、な」と今にも消え入りそうなほど小さな声、けれど真剣な声で私に声をかけられ続ける。


 ……ドクン。


 私の心臓が、大きく音を鳴らした。


「……エレノア」


 もう一度彼が私の名前を呼ぶ。その声にこもった感情は、一体何? まるでうっとりとしたような。そう、例えるのならば――熱に浮かされたかのような。


「あ、あの」


 彼の手に自身の手を無意識のうちに重ねていた。


 そのまま私は彼を見つめ続ける。


「おれ、は。エレノアの、こと、が」


 私のことが、一体何?


 急かすように彼の目を見つめれば、彼はプイっと視線を逸らされてしまう。もちろん、顔ごと。


「……悪い、やっぱり、言えない」


 それから、カーティス様は私の頬から手を離されて、そんな言葉をボソッと零された。


 ……言えない。言えないって……。


 カーティス様が、私の元を立ち去ろうと足を前に動かされようとする。……だから、だったのだろうか。


 私は――カーティス様の背中に、思いきり抱き着いた。


「……エレノア?」


 突拍子のない私の行動にカーティス様が戸惑われているのがわかる。


 けれど、もう我慢ならない。こんなもどかしい思いなんてしたくない。


 はっきりと、彼の気持ちを――教えてほしい。


「わ、私は」

「……あぁ」

「私は――カーティス様のこと、嫌いではありません」


 初めはなんだこの傲慢な人は、とか思ったのは認める。


 けれど、今はそんな気持ち一つもない。私は、不器用でこのどうしようもなく照れ屋なお方に――惹かれている。


(そう、認めなくちゃ)


 認めたところで、口に出るかはわからない。……いや、口にしてはいけない。私のこの気持ちが迷惑になってしまうのならば。私はこの気持ちにふたをしなければならないのだ。


「だから、貴方様が何をおっしゃったとしても、私は……その」


 上手い言葉が出てこない。


 ぎゅっと下唇をかみしめて、俯く。


 そんなことをしていれば、カーティス様は「……バカだって、笑わないか?」と震えるような声で告げてこられた。……笑わない。私は、貴方を笑えるような立場じゃない。


「笑いません。約束します」


 彼に抱き着いたまま、私はそういう。


 すると、カーティス様は私のことを振り払われる。だけど、すぐに――私のことを、真正面から抱きしめてこられた。


「……え?」

「――俺は、エレノアが好きだ」

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