第27話 ど、どうです、か?

「エレノア様。とてもよくお似合いですよ……!」


 それから少しの時間が経ち。私はニコラたち侍女によって、おしゃれな女性に変身させられていた。


 シンプルなイエローのワンピースと、少しだけヒールの高い靴。茶色の髪の毛は編み込まれ、姿見に映る私は自分で言うのもなんだけれどかなりの美人だと思う。


「……そう」

「では、旦那様の元に向かいましょうか」


 ニコラにそう声をかけられて、私はゆっくりと頷く。


 あと少しでカーティス様に指定された時間になる。そのため、私はゆっくりと歩を進め、お屋敷の廊下を歩く。


 目指すのは玄関。カーティス様が待ち合わせ場所に玄関を指定されたためだ。


 玄関が見える場所に行けば、そこではカーティス様が執事と何かお話をされていた。それを見て、私は思わず足を止めてしまう。


 ……カーティス様、とても楽しそうなお顔をされるのね。それがわかるからこそ、私は視線を斜め下に向けた。


 でも、ニコラの「エレノア様?」という声に現実に戻り、すぐに「何でもないわ」と言ってカーティス様に近づく。


「お待たせいたしました、カーティス様」


 出来る限り明るい声でそう言えば、カーティス様の視線が私に注がれる。


 そして、カーティス様は動揺したように目を揺らしながら、私のことを凝視してこられて。……何か、変かしら?


(いつもと違う格好をしているから?)


 心の中でそんなことを考えていれば、彼は「エレノア」と少し揺れた声で私の名前を呼んでくださる。


 だから、私はカーティス様の目を見つめ返した。……カーティス様は、私からそっと視線を逸らす。


 やっぱり、何か思うことがあるらしい。


「……どうです、か?」


 沈黙が場を支配するのが辛くて、私はかみしめるようにそう問いかけてみた。


 その「どうですか?」に込められた感情は単純なもの。ただ、この格好がどうだろうか?


 それを聞いているのだ。これは、お出掛けだもの。少しはまともな格好をした方がいいでしょう?


「……そ、それは」


 カーティス様は私の姿を凝視したまま、固まられる。


 ……似合っていない、のかな。


 私はすごくきれいだと思うけれど、カーティス様から見ればまだまだダメなのかもしれない。


 ……いや、違う。この態度は、あの時と一緒。


(照れていらっしゃるの、よね)


 多分、カーティス様は私のことを見て照れていらっしゃるのだ。


 そのため、少しからかってみたくて。私はカーティス様の腕に抱き着いて「行きませんか?」と甘えたように言ってみる。


 普段ならば恥ずかしいと思っていただろうけれど、今の私の頭にはカーティス様をからかうことしかなくて。


 そんな恥ずかしい行為も、何のためらいもなく行うことが出来た。


「あ、あぁ、行くか」


 そんな私に震えるような声で、カーティス様はそう返事をくださる。


 ……照れ屋で、女性慣れしていない。そういうところ、少し、ほんの少し、好きかも。って、ダメよ。


 私だけが惹かれるなんて、なんだか嫌じゃない。


 執事とニコラに挨拶をして、私とカーティス様は大きな玄関の扉を開け、お屋敷を出て行く。


 そうすれば、お屋敷の前にはそこそこ豪奢な馬車が待機しており、御者が私たちの姿を見て一礼をした。


「旦那様、エレノア様。どうぞ」


 御者はそう言って馬車の扉を開ける。それを私がぼんやりと眺めていれば、カーティス様は私の手を取られて「……先に」と言ってくださった。


 多分、レディファーストとかそういうことなのだろう。


 それが少し嬉しくて、私は素直に馬車に乗り込む。その後、カーティス様も馬車に乗り込む。


 私たちが並んで椅子に腰かければ、御者が扉を閉めてくれた。それからしばらくして、ゆっくりと馬車が走り出す。


「……公演は午後三時。開場は午後二時半からだったな。……先に、昼食でも食べるか」

「そうですね」

「何か、希望はあるか?」


 そう問いかけられて、私はじっと考え込む。


 けど、突然尋ねられても回答は出てこない。そのため、私は「美味しいものならば、何でも」という無難な回答をした。


「そうか。じゃあ、俺の知り合いが経営しているレストランにでも行くか。量も多いし、エレノアも満足すると思うぞ」

「……カーティス様。私のこと、食い意地の張った女だと思っていらっしゃるでしょう?」

「……まぁな。でも、俺は……その、そういう女の方が、好きだぞ」


 カーティス様のそのお言葉に、私の心臓がどくんとひときわ大きな音を鳴らした……ような気が、した。


 好き。ううん、違うのよ。これは、カーティス様の好みの話。私のことが好きとおっしゃっているわけでは、ないのよ。


(たくさん食べる女性が、全般的に好きっていうだけ)


 自分にそう言い聞かせることは、とてもみじめだった。


 しかし、私は自分の気持ちにふたをして、笑みを作る。


「そういう女性が好きなんて、珍しいですね」


 そして、からかうような言葉を唇で紡いだ。


 嬉しかったくせに。喜んだくせに。その気持ちを、押し殺した。


 その所為なのだろうか。胸にぽっかりと、大きな穴が空いたような感覚だった。

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