第28話 デートって、こんな感じ?

 街の外れにやってきて、馬車を下りる。


 少し遠いところから聞こえる喧騒は、私の好奇心を掻き立てた。


(こんなにも大きな街なんて……いつぶりかしら)


 基本的には引きこもりがちな生活を送っていたこともあり、街に出ることなんてなかなかなかった。それも、こんな大きな街なんて、特に。


 そう思いながら、私は遠目から街を見つめる。


「エレノア、行くぞ」


 そんな私を放って、カーティス様は歩き出される。しかし、その足取りはとてもゆっくりであり、言葉とは裏腹に私のことをとても気遣ってくださっていて。


 それがわかるからこそ、私は慌ててカーティス様のお隣に並ぶ。ゆっくりと並んであるいていると、こういうのがデートというものなのだろうか、と考えてしまった。


(恋人同士だと……手とかつないだり、するのよね)


 そう思うけれど、私とカーティス様はそんな関係じゃない。


 自分自身にそう言い聞かせて、私はじっと前を向いて歩き続ける。


 度々触れる、カーティス様の手をやたらと意識してしまう。


 顔に熱を溜めながら俯いていれば、カーティス様は不意に「エレノア?」と声をかけてくださった。


 なので、私は「な、なんでもない、ですっ!」と素っ頓狂な声を上げてしまった。


 私のその素っ頓狂な声を聞かれたためか、カーティス様がくすくすと声を上げて笑われる。


 そのため、私は「失礼です!」とさりげなく注意をした。でも、カーティス様は笑うのを止めない。ただ「悪い悪い」とおっしゃるだけ。……不本意すぎる。


「エレノアが望むのならば……そうだな。手でもつなぐか?」


 俯いていると、頭の上からカーティス様のそんな声が降ってくる。


 ……なに、それ。


 すっごく上から目線な言い方ね。


 そんなことを思って私が顔を上げれば――カーティス様は、何故か顔を真っ赤にされていた。どうやら、照れ隠しとばかりに上から目線でおっしゃったらしい。……可愛らしい。


「遠慮しておきます」


 本当は、つないでみたかった。だけど、私は彼のその言葉を蹴り飛ばす。


 手をつないだら、それこそ引き返せなくなってしまいそうだった。……たった数日で、私はカーティス様を意識してしまい、好き初めてしまっている。


 それが怖くて、恐ろしくて。私はカーティス様を拒絶することにした。


 ……強くなる。幸せを求める。


 そう決めたとはいえ、人間とはいきなり変われるものではない。


「そうか」


 私の素っ気ない言葉を聞いても、カーティス様はそんな言葉を零されるだけだった。


 ……ショックでは、ないのね。やっぱり、好きになり始めているのは私だけなのかな……。


(そうよ。カーティス様は女性のことが苦手。だから、何をするにも照れていらっしゃるだけなのよ)


 きっと、相手が私じゃなかったとしても、カーティス様は照れてしまうわ。


 それがわかると、なんだか心が急に冷静になって。私はこっそりとため息をついた。


 ……こんなにも、意識しているのに。意識しているのが私だけだというのが、やっぱり悔しい。


「エレノア、あそこだ」


 私がそんなことを考えていると、カーティス様がそう声をかけてくださった。


 その声に合わせてカーティス様の視線を追えば、そこには比較的大きなレストランがあって。客席はまぁまぁ埋まっており、そこそこ繁盛しているようだ。……あそこが、カーティス様の知り合いが経営されているお店なのね。


「行くぞ、エレノア」


 カーティス様はそうおっしゃると――私の手首をつかんで、歩き始めた。


 それに驚いて、私は呆然とカーティス様について行く形になってしまう。……どうして、どうして。


 ――カーティス様は、私に触れているの?


(なんて、こんなの触れているのに値しないのよね。これは、接触よ。軽い接触)


 自分にそう言い聞かせるけれど、心臓がバクバクと音を鳴らしている。掴まれた手首が、熱い。


 もう片方の手で胸を押さえて、私は俯いてカーティス様について行った。……理由なんて、簡単だ。やっぱり、いろいろと思うことがあったから。真っ赤になってしまっているであろう顔を、見られたくなかったから。


「……あぁ、客席は空いている……って、エレノア?」


 お店の前まで来て、カーティス様はようやく私に視線を向けてくださった。


 そして、私の様子がおかしいことに気が付かれて。


 彼は私の顔を覗き込んでこられるけれど、私はそれを隠すように「な、何でもないです!」と声を上げることしか出来なかった。


 ……そうよ。何でもないのよ。こんなにも意識しているのは……ただの、幻想よ。


「疲れたのか? だったら、休憩――」

「何でもないですってば! は、早くいきましょう? お腹すきました!」


 熱くなった顔を隠すかのようにそっぽを向いて、私はカーティス様にお店の中に入ろうとお誘いする。


 そんな私の態度を怪訝に思われることもなく、カーティス様は「そうだな」とおっしゃった。


 ……なんというか、カーティス様は鈍感なのよね。そうじゃないと……ここまで露骨な態度に、気が付かないなんてありえないもの。


(……わた、し、やっぱり――)


 ――カーティス様に、惹かれているんだ。


 そう思ったけれど、その考えを振り払うかのように私は首を横に振った。


 今は、そんなことを考えている場合ではないから。

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