第26話 街でデートでもしてきなさい

 ライラ様がお屋敷に滞在を初めて五日が経った。


 あの日からというもの私は一日一度、ライラ様の日課だというお茶に付き合わされている。


 カーティス様は申し訳なさそうに「悪いな」とおっしゃるけれど、私としてはこれも仕事だから仕方がないという気持ちが強かった。


 ……まぁ、私の役割なんて終わったに等しいのだけれど。


 そして、六日目の朝食時。ライラ様は謎の行動を取られた。


「カーティス、エレノアさん。これ、行ってきなさい」


 そうおっしゃって、ライラ様はとある劇団の公演チケットを私とカーティス様に手渡してこられたのだ。


「……え、えぇっと」


 渋々といった風にそのチケットを受け取れば、公園の日時は今日の午後三時。……今日!?


「……母上、俺には仕事が」

「仕事ばかりしていても、人生は楽しくないわ。だから、街でデートでもしてきなさい」


 ライラ様はそう告げられると、「じゃあ、わたくしはお部屋に戻るわ」と続け颯爽と食堂を出て行ってしまわれた。


 残されたのは、私とカーティス様、それから使用人たち。使用人たちもライラ様の突拍子もない行動に驚いているのか、目を丸くしていた。


 使用人たちを一瞥し、私は受け取ったチケットを見つめる。この劇団、王国内外問わずとても人気が高かったはず。


 チケットを取るのもかなりの倍率になると言うし、純粋に気になる……といえば、気になる、かも。あんまり好きではないけれど、好奇心は疼くのだ。


「……エレノア?」


 私がじっとチケットを見ていたことに気が付かれてか、カーティス様は怪訝そうに声をかけてこられる。


 だから、私はハッとして「何でも、ありません」と言ってチケットをテーブルの上に置いた。


「……もしかして、気になるのか?」


 しかし、私の態度があまりにも露骨だったからだろう。カーティス様はそう問いかけてこられた。


 ……ここは、正直に言った方がいいわよね。そう判断し、私は「……まぁ、少し」と視線を逸らしながら言う。


 実際、好きというわけではない。ただ、気になるというだけだもの。


「そうか」


 私の返答を聞かれて、カーティス様はしばらく考え込まれた。


 その後「……仕事、調整するか」とおっしゃった。


「エレノア。昼に出るぞ。準備をしておけ」

「……え? え?」

「観に行きたいんだろ。付き合ってやる」


 カーティス様はそうおっしゃって、立ち上がられると執事を連れて食堂を出て行かれた。


 残された私は、呆然としてしまう。そうしていれば、ニコラが「よかったですね」と私に笑みを向けて話しかけてきた。


「旦那様、連れて行ってくださるそうですよ!」


 ニコラはそんなことを言いながら、私に対して「お出かけの準備を、しましょう!」と言ってほかの侍女たちにも指示を出していく。

 どうやら、かなりおしゃれをして行くらしい。でも、それよりも。


(……どうして)


 どうして、いきなり行く気になられたのだろうか?


 私がそんな疑問を抱いていれば、ニコラは「エレノア様と、お出掛けがされたかったのですよ!」と言ってくれる。


 だけど、私はそうだとは思えない。……考えられることと言えば、私が相当行きたそうな顔をしていた、とか?


 私、そこまで露骨な顔をしていなかったと思うのだけれど……。


「エレノア様。ワンピースはどんなお色がよろしいですか?」

「……任せるわ」


 ついでに言えば、張り切り始めたニコラたちをなだめるのも大変そうだ。


 ニコラたち侍女は私に着せるワンピースについて熱く語り合っているし、なんだか私だけついて行っていないようで嫌になる。


(……カーティス様)


 目を伏せながら、私は頭の中でその名前を呟く。


 正直、初めの頃よりもずっとお優しくなったと思う。いや、初めのころからずっとお優しかったわよね。


 ただ、関わっていくにつれその態度には少しずつだけれど親しみがこもってくるようになった。


 ……私は、彼とどんな関係になりたいのだろうか?


(なんて、考えても無駄よ。私には、そんな資格が……)


 そう思ったけれど、前を向いて生きていくのだと決めたことを思い出した。


 そうよ。カーティス様のことを好き始めているのならば、彼に近づく努力をしなくちゃならない。


 まぁ、この感情が恋なのかどうかがこれっぽっちもわからないのだけれど。そこが、一番の問題だった。


(そもそも、カーティス様は私のことをどう思われているの?)


 やっぱり、お飾りの婚約者?


 なんて、考えても虚しいだけね。考えないようにしなくちゃ。私だけが意識をしているなんて、認めたくはないもの。


「ニコラ、お部屋に戻るわ」

「かしこまりました~!」


 とりあえず、お部屋に戻って準備をしましょう。


 そう判断した私がニコラに声をかければ、彼女は嬉々として返事をしてくれた。


 ニコラは、言ってくれていたっけ。私にここの奥様になってほしいって。


(あの時は蹴り飛ばしたけれど、今、だったら――)


 一瞬だけ、そう思った。けれど、その考えは振り払った。


 だって、考えたくもなかったから。……カーティス様に似合いたい。そう思ってしまった自分の欲望も、ついでに振り払っておいた。

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