閑話1 鬱陶しい母(カーティス視点)

「カーティス! 貴方、自分が一体何歳になったのかわかっているの!?」


 そう叫んで、母は閉じた扇で俺のことをびしっと指した。


 俺の名前はカーティス・クラルヴァイン。辺境にあるクラルヴァイン侯爵家の当主であり、年齢はもうすぐ三十を迎える。


 諸々の理由があり女性に嫌悪感を持ち、この年まで独身を貫いてきた人間だ。


 別に誰にも迷惑なんてかけていない。だから、ずっと独身でも構わない。


 そう思っていたが、俺の母はそれが不満らしい。


 母は娘も欲しかったと常々言っている。しかし、俺を産んだ際にもう二度と子供は望めないと言われてしまい、結果的に娘をあきらめることになってしまった。


 そのためか、俺の妻を義理とはいえ娘として可愛がりたい……と常々言っていたのだ。


「……別に、俺が結婚する必要はない」


 少し不貞腐れたようにそう言えば、母は「はぁ~!」と露骨にため息をつく。


 その仕草に腹が立つが、その気持ちをぐっとこらえ「……そもそも、養女でも何でももらえばいいだろ」と冷たく突き放した。


 娘が欲しいのならば、養女をもらえば済む話であり、何も息子の妻じゃないといけないという決まりはない。


「あのね、カーティス。わたくしは孫も欲しいのよ。わたくしには貴方しか子がいないの」

「それは知っている」


 冷たく言葉を返せば、母は何を思ったのか俺の目の前にどさっと資料のようなものを置いた。


 その数、軽く数十枚。……一体何だと思いつつ手を伸ばせば、そこには結婚適齢期の女性が載っていた。


 ……つまり、母はこの中の誰かと俺を結婚させようとしている。


「ここに載っているのは、皆さまとてもいい子よ。だから、選びなさい」


 そう言って母がその資料を押し付けてくるので、俺は全力で拒否させてもらった。


 女など、仮面をかぶって生きている生き物だ。素の姿など早々には見せてくれない。


 そして、その素の姿は大抵ろくでもない。そのため、俺は女が嫌いだ。


「勘弁してくれ」


 苦虫をかみつぶしたような表情でそう言うと、母は「じゃあ、貴方が見つけてこられるっていうの!?」とヒステリックに叫ぶ。


 ……実際、俺は社交界に行っても女を寄せ付けはしない。することと言えば、人脈作りである。


 そんな俺が自分で相手を見つけられるとは、母は思っていないのだろう。いや、実際見つけられる可能性はかなり低い。


(……だが、このままでは不本意な結婚をさせられてしまう)


 胡散臭い女と結婚するくらいならば、自分で相手を見つけてやろうじゃないか。


 そう決意し、俺は「あぁ、自分で見つけてくる」と言った。


 すると、母は俺のその言葉に目を丸くする。


「だから、今日のところは帰ってくれ」

「……わかったわ」


 俺の言葉を聞いて、母は渋々といった風にそう返事をくれた。


 その後、「でも、あまり長くは待ちませんからね!」と言葉を残すことも忘れない。


 母が出て行った後。俺は椅子の背もたれにもたれかかって「はぁ」とため息をつく。


「お疲れの様ですね、旦那様」

「……あぁ、まぁな」


 侍女であるニコラにそう声をかけられ、俺はそう答えた。


 実は先ほどお茶を持ってきてもらっており、その最中に母が乱入してきたのだ。


 なので、ニコラは親子喧嘩を見学する羽目に陥っていた。


「しかしまぁ、先代の奥様もよくこんなにも見つけていらっしゃいましたよねぇ」


 ニコニコと笑いながらそう言うニコラに、俺は「その根気強さ、ほかにも活かしてほしいがな」と言葉を返す。


 二十七を超えた頃くらいからだろうか。母は俺に結婚を急かすようになった。


 「早く結婚して安心させて頂戴」「孫の顔を見せて頂戴」そんなことばかりを告げられれば、反発したくなるのが人間の性だろう。


 二年間はのらりくらりと躱していたが、もういい加減母も引いてはくれなさそうだ。


(……お飾りの婚約者か、妻だな)


 もう、こうなったらお飾りの婚約者か妻を見つけるしかない。


 母を納得させ、白い結婚を貫く。それから、ほとぼりが冷めたら関係を解消する。


 それが、一番いいような気がした。


(執事に、訳ありの令嬢でも見つけてきてもらうか)


 例えば、婚約破棄に遭った令嬢や、出戻りの令嬢。


 または実家が貧乏で援助を求めている令嬢、など。


 そこら辺ならば報奨金を出すと言えばそこまで嫌がられることはないだろう。


 幸いにもクラルヴァイン侯爵家の財産は素晴らしいもの。一時期は少し傾きかけていたが、今ではその面影などない。


「ニコラ。執事を呼んできてくれ。……一つ、相談したいことがある」

「……かしこまりました」


 俺の指示に、ニコラはそれだけの返事をして颯爽と部屋を出て行く。


(しかし……俺の、好み、は)


 どうせ一緒にいるのならば、少しでも好みに合った方が良いのかもしれない。


 一瞬そんな邪な感情が思い浮かぶが、白い関係なのだから好みも何もないだろう。


 母を騙せるような器量を持ち、家柄も申し分ない。性格はそこそこ、もしくは普通。……まぁ、なかなかそんな令嬢は捕まらないだろうが。


 そして、それから数ヶ月後。俺が見つけたのが――出戻り娘のエレノア・ラングヤールだった。

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