第25話 葛藤
それからライラ様との夕食を終え、私は私室として与えられた部屋に戻った。
ぐったりと倒れこむようにソファーに腰かければ、側に居てくれたニコラが「今、お茶を淹れてきますね」と言って部屋に設置された簡易のキッチンの方に移動する。
……どうやら、あの彼女は彼女なりに私のことを気遣ってくれているらしい。
「……疲れた」
ソファーに横たわりながら、私はそう零す。
実際、今日はとても疲れた。
何がかと問われれば、答えは一つしかないのだけれど。
まぁ、つまりライラ様のお相手ということ。
(それに、ライラ様は私とカーティス様の関係をはじめから見抜かれていたのよね……)
あのお方は、多分カーティス様が考える以上に鋭いお相手なのだろう。
心の中でそう思っていれば、ニコラが目の前のテーブルに湯気の上がる温かいお茶を置いてくれた。
そのため、私はソファーから起き上がり、お茶の入ったカップを口に運ぶ。それはとても落ち着く味であり、ブレンドは何なのだろうか。
「エレノア様」
「……どうしたの?」
お茶を飲む私に、ニコラがふと声をかけてくる。
なので、私が何でもない風に言葉を返せば、彼女は「……エレノア様は、本当に旦那様の元に嫁入りされるつもりはないのですか?」と問いかけてきて。
……また、その質問か。
「当たり前よ。だって、私とカーティス様は似合わないじゃない」
何度も言うように、カーティス様はこのクラルヴァイン侯爵家の現当主であり、辺境貴族のトップ。
それに対し、私はただの出戻り娘。カーティス様に対して思う気持ちはあるけれど、私自身が彼に相応しいとは思えない。
確かに、考えを変えようとは思った。けど、それとこれとは話が別。カーティス様に似合うかどうかは、答えなんてとっくの昔に出ているのだ。
「……そんなこと、ありませんよ」
そんな私に対して、ニコラは静かにそんな言葉をくれた。
その後「旦那様も、エレノア様に思うことがあるはずです」と力強く言ってくる。
……そりゃそう、でしょう。だって、少なくともあのお方は私のことを――邪険には、扱わない。
「旦那様は、普段女性を絶対に側には置きません。なので、その点でもエレノア様は特別なのです」
ライラ様もそれと似たようなことをおっしゃっていたなぁ。
そう思うし、特別っていう言葉に悪い気はしない。だけど、やっぱり無理なのだ。
……私がカーティス様と過ごす時間を心地いいと思っていたとしても、カーティス様が私に思うことがあったとしても。
契約がある以上、私たちは惹かれ合えない。……契約なんて破棄するのはとても簡単なことだとは思う。
でも、その一歩を踏み出すのは……とても、大変なこと。
「真剣に、考えてくださいませんか?」
ニコラのその言葉に、私は「……まぁ、追々、ね」としか返せなかった。
そう、まだまだ時間があるの。カーティス様が私のことを用済みとおっしゃって追い出さない限り――私たちには、まだまだたっぷりと時間がある。
その間に、今後のことをしっかりと考えればいい。ラングヤール伯爵家に戻るか。はたまた――このクラルヴァイン侯爵家で当主夫人として過ごすか、なんて。
(そもそも、それは私の一存じゃ決められない。すべての決定権はカーティス様にあるのよ)
こんな気持ちになるなんて、想像もしていなかった。
お飾りの婚約者としての仕事を達成して、お金を持って帰る。
それだけだと、思っていたのに。
たった数日で私は雇用主であるカーティス様に惹かれ始めてしまった……の、かもしれない。
いや、違うわ。自覚しなかったら、この気持ちはまだ恋じゃない。
「……ニコラ、下がってもいいわよ。私、もう寝るから」
「かしこまりました」
カップに残ったお茶を飲み干し、私はニコラにそう告げる。
その言葉を聞いたニコラは、一礼をしてカップを回収して下がっていった。
彼女のその後ろ姿を眺め、扉がぱたんと締まる音を聞いた途端、身体から力が抜けた。
ただ、その場に崩れ落ちるように横になった。
「……どうしたいの、私。私は、一体これからどうしようと思っているの?」
前向きに、幸せをつかみたい。
そう思ったとして、私にできることは一体何だろうか。
カーティス様の妻になること? 修道女になること?
あぁ、違う、違う。そこに私の幸せなんてないはずだ。思いの通じ合わない夫婦なんて――もう、こりごりなのよ。
「全部、私の所為、なのかな……」
ネイサン様と近づこうとしなかった。それが、根本の原因なのかもしれない。
彼は初めから愛人のことしか愛していなかったけれど、それなりに近づくことが出来たのではないだろうか。
今ならば、そう思える。が、ネイサン様と夫婦関係を続けていたら、私はカーティス様に出逢えなかったわけで――。
「面倒、だわ。一旦眠って、頭をリセットしましょう」
そんなことを思ったら、もう眠ろうと思えた。
一旦眠って頭をリセット。明日から、また頑張る。それが、私にできる最善のことのはずだから。
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