第24話 ライラの言葉
「わたくしは、貴女みたいな人大嫌い。だけど、貴女の努力は認めるわ」
ライラ様はそうおっしゃって、私のことをまっすぐに見つめてこられる。
その目は何処となく慈愛に満ちているようで、私は一人戸惑う。
「貴女は、わたくしのことを欺こうとしていたでしょう?」
しかも、ライラ様は私とカーティス様に狙いを知っていらっしゃったらしい。
もう、何も言えなかった。その所為で俯いていれば、彼女は頬杖を突きながら「でも、ね」とお言葉を付け足した。
「貴女は、このクラルヴァイン侯爵家の使用人たちにどうにも気に入られているみたいなのよ」
そう零されて、ライラ様はころころと笑われる。
その笑い声は気に障るようなものではなく、ただ純粋に楽しそうに聞こえてしまった。
そして……その笑い声は、私の心をも解いていく。
「きっと彼らは、貴女に次期侯爵夫人になってほしいと思っているわ。……カーティスの心を、溶かしてほしいって」
「……その、役目、は」
「私じゃないって、言いたいの?」
そのお言葉に、私は静かに頷いた。
実際、カーティス様のお心を溶かすのは私じゃない。いずれは彼に相応しい女性が現れて、彼のお心を溶かすのだ。
そう、思っている。はず、なのに。
(どうして、こんなにも心が乱されるのよ……!)
私とカーティス様は出逢ってほんの少ししか経っていない。
なのに、心のどこかで私はカーティス様に惹かれてしまっている。
契約関係だってわかっているのに。彼に惹かれてしまう気持ちが――止まらない。
もしかしたら、私はカーティス様のことをはじめから好いていたのかもしれない。そう思ってしまうほどには、あっけなかった。
「……あのね、エレノアさん。カーティスの心を溶かすのは、貴女なのよ」
「……です、が」
「だって、カーティスは貴女と一緒にいると楽しそうなんだもの」
……それ、は、一体どういうこと?
そんなことを思って私がライラ様のことを見つめれば、彼女は「わたくし、これでもあの子の母親だから」とおっしゃって、ウィンクを飛ばしてこられた。
「わたくし、あの子が生まれた頃から知っているのよ。まぁ、それは当たり前だけれどね。そんなあの子が、何の理由もなく貴女をお飾りの婚約者の座に据えるなんて、思えないのよ」
ライラ様はその目を伏せて、寂しそうにそうおっしゃった。
……私は、自分が出戻り娘だからカーティス様のお飾りの婚約者に選ばれたと思っていた。でも、実際は違うの?
……なんて、思っても無駄なことなのに。
「きっと、カーティスは貴女のことを気に入っているのよ。……それが、意識的なのか無意識なのかは、わからないけれど」
首を横に振って、ライラ様はそう呟かれた後立ち上がる。
それから「そろそろ、戻りましょうか」と告げてこられた。だから、私も目の前の紅茶を飲み干して頷く。
「……あのときは、ごめんなさいね。エレノアさんを傷つけるようなことを、言ってしまって」
そして、ライラ様はそう謝罪をしてこられた。
……違う。私は、真実を突きつけられただけなのだ。
実際に私は、ライラ様のおっしゃる通りだった。
悲劇のヒロインである自分に、酔っていたというのが言葉的に一番正しいのかもしれない。
それくらい、私はバカだった。
「でも、貴女だったらきっと変われる。そんな考えがあったからこそ、わたくしはああいったのよ」
「……そう、ですか」
「それにほら、傷ついた女の子の心を癒すのも男の仕事だもの。そこら辺、カーティスに思う存分慰めてもらいなさい!」
だけど、それはほんの少し違うような気がする。
心の中ではそう思ったけれど、私はただ静かに頷いた。
ここで否定するよりも、肯定した方が良い。そう思ったわけじゃない。ただ、心の底から。心の底から、そう思えたからこんな風に返事をしただけなのだ。
「わたくし、孫の顔が見たいのよ」
「……えぇっと」
「孫が出来たら、たくさん遊びに来たいわ」
それは、私に望むことではないですよね……?
そんなことを思ったけれど、否定の言葉は不思議と口から出てこなくて。私は何も言えずに黙り込んでしまった。
……いずれは、そうなりたいって、思っているの?
自問自答をしても、答えなんて出てこない。そもそも、私はカーティス様と一体どういう関係になりたいのだろうか?
それさえ、わかっていない。
(カーティス様とは、いずれは別れる関係じゃない。……欺くことは、無理だったけれど)
ライラ様は、初めから私とカーティス様が契約で結ばれていた関係だと感づいていらっしゃった。
それはつまり、もう私の存在は必要がないということなのではないだろうか?
……そう思って、確かに心が傷ついた……ような、気がした。
私は、本当にカーティス様とどういう関係になりたいのだろうか?
愛し愛される関係?
なんて、そんなもの――。
(ばかばかしい)
そう、思ってしまう。
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