第23話 認められるために

 そして、その日の夕方。


 私はライラ様に誘われ、クラルヴァイン侯爵家のお庭でお茶をしていた。


 空はオレンジ色に染まり始めており、少しずつだけれど空気が肌寒くなっていく。


 それを実感しながら、私はライラ様に向き合っていた。


 ライラ様は私ににこやかに声をかけてくださる。その様子は、先ほどのことなど微塵も感じさせないようなもの。


 それは、素直にありがたかった。そう思うのに、私は不気味だとも受け取ってしまう。ライラ様は、一体何を考えられているのだろうか?


「あのね、エレノアさん。わたくし、娘とこうやってお茶をするのが夢だったのよ」


 ライラ様はそうおっしゃって、きれいな仕草で紅茶の入ったカップを手に取られる。


 そのまま優雅な仕草でカップを口に運び、紅茶を飲んでいらっしゃった。それを見つめながら、私もカップに口をつけた。


 ある意味の緊張で、喉はカラカラだった。


「……ライラ、様」

「あら、わたくしのことはお義母様と呼んでくれてもいいのよ?」


 ころころと可愛らしい声を上げながら笑い、ライラ様はそう続けられる。


 先ほどは私のことをバカにされてきたのに。なんと面の皮が厚いのだろうか。


 心の奥底でそう思いながらも、私は笑って誤魔化す。そもそも、私はカーティス様と本当の夫婦になるつもりはこれっぽっちもないのだが。だから、ライラ様のことを「お義母様」と呼ぶ意味などない。


「いえ、それは……その」


 でも、それを実際に告げることは憚られたので、私はただ「まだ、無理です」という意味を込めて視線を逸らした。


 ……私は、少しずつだけれどカーティス様のことを意識してしまっている……ような、気がする。


 まだ出逢って少ししか経っていないのに、確実に意識してしまっている。カーティス様が、悪いお方ではないとわかってしまったのが、主な原因。


「あらあら、照れちゃって」


 そんな私の気持ちも知らないライラ様は、笑いながらそうおっしゃる。


 その後、ケーキにフォークを入れていた。今日のケーキはイチゴがたっぷりと載ったショートケーキ。


 料理人が、そう説明してくれたのをよく覚えている。甘さも酸味も丁度よくて、とても美味だった。


「エレノアさんは、カーティスのどこが好き?」


 それからしばらくして、ライラ様はふと私にそんな問いかけをしてこられた。


 驚いてその目を見つめれば、ライラ様はとても真剣な面持ちだった。……これは、誤魔化すのは得策ではないわね。


(だけど……なんと、言えば)


 ライラ様は私の心の中を見透かしているようなところがある。


 表向きだけの言葉では、納得してくださらないような気がした。そう思ったら、私の口からは自然と言葉が紡ぎ出される。


 ゆっくりと、しっかりと。


「私は……カーティス様の、不器用な優しさが、好きです。それと、少々照れ屋なところも」


 私の言ったことは、本当のこと。


 私がカーティス様に好感を抱いたポイントは、そういうところだから。


 そんな意味を込めてそう言いながら、私はふんわりと笑ってしまった。あのお方、すごく面白いのよ。


 からかうとすぐに本気にされてしまうし、何処となく可愛らしいお方なの。


「……そう」

「私、カーティス様のことを好いております。なので……ライラ様に、認められたいと思っております」


 紅茶の入ったカップを揺らしながら、私の口は自然とそんな言葉を紡ぎ出していた。


 自分でも、驚きだった。今までの私ならば、そんな言葉は口から出てこなかっただろうから。


「……へぇ」


 ライラ様の、興味深そうな声が聞こえてくる。


 それでも、私は怯むことなくライラ様の目をまっすぐに見つめた。もしかしたら、私は内心ではカーティス様のお役に立ちたいと思っていたのかもしれない。


 損得勘定抜きで、私はあのお方のことを……ほんの少しだけ、好いてしまったのかもしれない。


「ですので、私は自分にできることを精いっぱいやっていこうと思います」


 肩をすくめながら私がそう告げれば、ライラ様は「……やれる、ものならば」と返事をくださる。


 きっと、ライラ様は私が変わることを望まれている。それは、私にもよく分かった。


(私、カーティス様のお役に立つのよ。……だって、お金の分は働かなくちゃならないもの)


 ズキン。


 何故か、お金のためだと思ったら胸に鈍い痛みが走った。


 ……だけど、実際お金のためなのよ。私たちは愛し合うような関係じゃない。いずれは、別れる関係だもの。


(カーティス様のことを、どれだけ好きになってもこの考えは変わらないの)


 私は、人を好きになることに臆病だ。


 それは、自分でもよく分かっている。


 だからかな、この気持ちを打ち消すように胸の前で手のひらをぎゅっと握った。その感情を、握りつぶすかのように。


「あのね、エレノアさん」


 ぎゅっと握りしめた手に力を込めていると、ふとライラ様が私の名前を呼ばれる。


 それに驚いて私が彼女のお顔をまっすぐに見つめれば、彼女は「……わたくし、貴女みたいな人大嫌い」とにっこりと笑ったまま告げてこられた。


 なのに、その表情は言葉とは裏腹にすごく優しそう。


 その表情の言葉とギャップに、私は一人戸惑ってしまった。……このお方は、一体何を考えていらっしゃるの?


 そういう、意味で。

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