第20話 ライラの吟味

 それからしばしの時間が経ち。私が昼食を摂りに食堂に行こうとした時だった。不意に、後ろから誰かに肩を叩かれた。それに驚いて私がそちらに視線を向ければ、そこにはライラ様がいらっしゃって。


「エレノアさん。少し、よろしいかしら?」


 そして、ライラ様はそう告げてこられた。時計を見れば、まだ十分程度時間がある。ならば、変に断ることも出来ないわね。そう判断し、私はにっこりと笑って「構いませんわ」と答え、ライラ様について歩く。


「エレノアさんは、出戻り娘だそうね」


 その後、しばらく歩いたとき。ふと、ライラ様はそうおっしゃった。……やっぱり、バレていたか。そう考え、私は「はい」と笑みを浮かべて答える。……私が出戻り娘なのは、どう足掻いても変わらない真実なのだ。だから、変に隠すことは出来ないし、違うと否定をすることも出来ない。


「そんな貴女が、このクラルヴァイン侯爵家の当主夫人になれると、お思い?」


 ライラ様はそうおっしゃって、私のことを見下ろされる。……ライラ様は、身長が高い。さらに言えば、身に着けているヒールで身長はさらに高くなっている。……迫力があるな。私はそう思いながら、ライラ様のことを見上げ「……思っておりません」と言う。


(そうなのよねぇ。私、当主夫人になるつもりが一切ないし)


 心の中でそう付け足せば、ライラ様は目を見開かれた。……私が、こんな回答をしてくるなんて思いもしなかったのだろうな。そんなことを、私は思う。


「私は、当主夫人の座に興味はありません。……私は、カーティス様のことをお支えしたい。ただ、それだけでございます」


 もちろん、期間限定でだけれど。私は心の中でそう付け足して、にっこりと笑う。


「……愛人でも、いいとおっしゃるの?」


 ライラ様はそんなことを呆然とおっしゃっていた。……実際問題、私が愛人になることはないのだけれど。そもそも、愛人に夫を奪われた側ですし。そう言いたかったけれど、その気持ちをぐっとこらえて、私は「……それはそれで、嫌ですね」と言う。


「愛人の座に収まるくらいならば、私はカーティス様と別れることを選びます。……お支え出来ないのならば、別れるだけでございます」


 言っていることは、かなりハチャメチャだと分かっている。それでも、多分こういうタイプにはこういう風に言うのが一番効果的だろう。そう、思ったのだ。だから、私はそんなハチャメチャで支離滅裂な言葉を言っている。


「……貴女、カーティスのことを愛していないの?」


 来ると思ったわ、その質問。


 心の中でそう零し、私は「愛しているとか、愛していないとか、そういう問題ではないのです」と言葉を返した。


「好きだからこそ、身を引くということもあり得るのです。……私は、それで構わないと思っております」


 我ながら、名演技じゃない? 私は心の中でそう思いながら、ライラ様を見据える。そうすれば、ライラ様は「……エレノアさん」とおっしゃって、目を見開いていた。


 ……ちなみに、私は内心で「こうやっておけば、健気に見えるかなぁ?」みたいに思っている。つまり、下心しかないのだ。


 これでライラ様が私のことを認めてくだされば。そして、その上で私とカーティス様の契約が終了すれば。私には多額の報奨金が舞い込んでくる。完璧な計算よね。


「……まぁ、そういう考えもあるでしょうね。貴女のその自己犠牲の精神には、感心したわ」


 私の答えを聞かれたライラ様は、そうおっしゃる。しかし、すぐに「でも」と続けられた。


「わたくし、そういう考えの人大嫌いなの。……自分の幸せは自分で貪欲につかみに行かなくちゃ、ダメなのよ。……エレノアさん」

「……はい」

「貴女は確かに出戻り娘でしょうね。……だって、自分で幸せを掴もうとしていないのだもの」

「……それ、は」

「自分の幸せくらい、自分で掴もうとしなさい。……そうしないと、いつまでもそのままよ」


 ライラ様はそうおっしゃって、私の側を離れていかれる。……失敗した、のかしら? そう思うけれど、それと同時に心の中に棘が刺さる。……自分で自分の幸せを掴もうとしていない。そんなこと、言わないでよ。


「知ったようなふりを、しないでよ……!」


 クローヴ侯爵家の環境は、私一人では何とか出来るようなものではなかった。だから、知ったようなふりをしないでほしかった。心の中の負の感情がどろどろとして、マグマのように感情が湧き上がってくる。これは、憎悪なの? 嫌悪感なの? そんなことを考えながら、私はただ下唇を噛みしめて、手を握りしめた。……爪が食い込んで、とても痛い。


「……エレノア?」


 でも、そんなとき。不意にカーティス様が現れて、私に声をかけてくださった。だから、私は取り繕ったような笑みを浮かべ「……なんでもない、です」と言う。いいや、そう言おうとして言ったわけじゃない。ただ、それしか言えなかっただけ。


 いろいろな感情が脳内を支配して――なんと言えばいいか、分からなかっただけ。

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