第19話 ライラ・クラルヴァインの来訪

「……母上」

「あら、なぁに? そんな宿敵と偶然会っちゃったみたいなお顔をして」


 それから、私たちが応接間に行くとそこでは優雅に座っている一人の女性がいた。その女性はウェーブのかかった青色の長い髪を持っていた。その髪色は、カーティス様と全く同じ。さらには、その青色の目はカーティス様と同じような形をしていて。……このお方が、カーティス様のお母様。そして、先代の侯爵夫人。


(ライラ・クラルヴァイン様ね)


 侍女たちから、彼女の情報はある程度得ている。お名前はライラ・クラルヴァイン様。性格は少々高飛車で派手好き。でも、何処となく憎めない性格。カーティス様曰く、思い込みが激しいロマンチスト。ふむ、なんというか、扱いにくそうなお方ね。そう、思ってしまう。


「ふふっ、カーティスったら、愛する女性との時間を邪魔されたくないのね」


 そうおっしゃって、ライラ様は私に視線を向けてこられる。その視線は私のことを吟味しているらしく、とても居心地が悪かった。でも、ここで怯むわけにはいかない。そう考え、私はゆっくりと頭を下げて淑女の一礼を披露する。


「初めまして、ライラ様。私はエレノア・ラングヤールと申します」


 出来るだけにっこりと笑いながら、私はそんな挨拶をする。そうすれば、ライラ様は「……ふ~ん」なんておっしゃった。その後「わたくしの名前、知っていたのね」なんて問いかけてこられる。


「はい、お名前はカーティス様や使用人から聞きましたの」


 相手がどれだけの敵意を向けてきても、私はにっこりと笑い続けるだけだ。そんな考えを心の中で思い浮かべながら、私がにっこりと笑い続けていれば、ライラ様は私から興味をなくされ、カーティス様に興味を移されていた。


「ところで、カーティス? わたくしは婚約する許可を出した覚えはなくてよ?」


 そして、ライラ様はそうおっしゃった。……そう。まぁ、これはあくまでもお飾りの婚約なわけだし、いろいろな意味で許可を取る必要はないように思う。そんなこと、口が裂けても言えないけれど。


「……母上は、俺の婚約してほしかったんだろう?」

「そうね。けど、わたくしが許可するお相手じゃなくちゃ、ダメに決まっているじゃない」


 ライラ様は、そう続けられてびしっと扇でカーティス様を指される。それに対し、カーティス様は露骨に顔をしかめられた。……どうやら、ライラ様のことが苦手らしい。確かに、私も少し苦手意識を抱いてしまいそうだもの。うん、こっちも口には出さないけれど。


「そうか。だが、俺の人生は俺で決める。……政略結婚なんて、まっぴらごめんだ」

「あら、貴方、まだあの時のことを引きずっているの?」

「……黙れ」


 カーティス様は、ライラ様のお言葉に凄く低い声でそう返されていた。……あの時。もしかしたら、それがカーティス様の女性不信の原因なのかもしれない。まぁ、私には関係ないけれど。だって、私とカーティス様は何度も言うようにいずれは別れる関係なのだもの。


「まぁ、いいわ。エレノアさん。わたくし、これから一週間から十日程度滞在するつもりなの。その間、わたくしが貴女がカーティスに相応しいか吟味してあげる」

「……よろしく、お願いいたします」


 ここで、嫌な顔をするべきではない。そう考えて、私はにっこりと笑ってそう言葉を返す。そうすれば、ライラ様は何処となく驚いたような表情を浮かべられていた。……ふむ、私がそんな表情をするとは思われなかったのね。


「じゃあ、わたくしは客間に滞在させていただくわ。貴女、わたくしのためにお部屋は整えているのでしょう?」

「は、はいっ!」

「じゃあ、案内しなさい」


 ライラ様は一人の侍女にそう命令される。侍女は震えあがりながらも、ライラ様の命令に従っていた。


 そして、ライラ様が出て行った後の応接間。……私とカーティス様は、静かに顔を見合わせていた。


「……ったく、どうしてあんなにも自由奔放なんだ……!」


 それから、カーティス様はそうぼやかれる。確かに、嵐のようなお方だったわね。しかし、一週間から十日も滞在されるのね。その間、私がカーティス様のお飾りの婚約者だとバレてはいけないということみたい。……いろいろと、作戦を練らなくちゃダメね。突然のことだったから、まだ作戦がまとまっていないのよ。


「それでは、カーティス様。私は一旦お部屋に戻らせていただきます。……また、昼食時にお会いしましょう」

「……あぁ」


 私の言葉に、カーティス様は適当に返事をくださる。……相当、堪えていらっしゃるみたい。……さて、とりあえずは円満な婚約者を偽装するために、いろいろとやらなくちゃ。


「二コラ」

「はい、エレノア様」


 後ろをついて来てくれている二コラに、私は声をかける。そうすれば、ニコラは返事をくれた。だから、私は「刺繍のセットを、用意しておいて頂戴」と要望を告げる。


「やっぱり、円満な婚約者は夫婦関係を偽装するためには、手作りのプレゼントでしょう?」


 にっこりと笑って私がそう言えば、ニコラは「かしこまりました」と言ってくれた。手作りのプレゼントを持っているだけでも、円満に見られやすい。ならば、それを利用しない手はないじゃない。


(ライラ様。私、貴女を完璧に欺いてみせますからね)


 心の中でそう呟いて、私はお部屋に向かって歩いた。

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