第18話 二人きりでお話
それから一時間後。私はカーティス様の執務室の前にいた。あの後、お話は執務室で行いたいという伝言があったためだ。
「カーティス様、エレノアです」
私はゆっくりと扉をノックして、そう声をかける。そうすれば、カーティス様が「……入れ」と低い声で返事をくださった。だから、私はゆっくりと扉を開いて……執務室の中に足を踏み入れる。
「悪いな、エレノア。時間を取らせてしまって」
「いえ、これもお仕事の一環ですから」
カーティス様のお言葉にそう返して、私は「失礼いたします」とだけ声をかけて、カーティス様の対面のソファーに腰かける。ニコラは私の後ろに控えていた。……こう見たら、なんだか専属侍女みたいよね。実際は、ただの世話役なのだけれど。
「……さて、母が来るまであと三時間と言ったところか」
「そんなに、早く来られるのですか?」
「父と母が住んでいる別邸は、そこまで離れていない。だから、移動に一時間もかからないんだ」
そうおっしゃって、カーティス様は「はぁ」と露骨にため息をつかれた。……カーティス様も、いろいろとお疲れなのね。お仕事も大変そうだし、少しでもゆっくりと出来る時間があった方が良いのではないかしら? まぁ、やっぱり私はそこまで意見を出来る立場じゃないけれど。執事が言ってくれたらいいのに。
「母は、一週間程度滞在するつもりらしい」
「……長いですね」
「まぁな。その間、エレノアにはこの屋敷の女主人の部屋を使ってもらう。今、至急侍女たちに整えてもらっている」
カーティス様のそのお言葉を聞いて、私は一瞬だけ驚くものの、よくよく考えれはそれは当然だった。まだ正式に婚姻していないとはいえ、婚約者なのよ。客間に置いておくわけにはいかない。……辺境貴族は嫁入り前に花嫁修業と言う名目で、婚約者のお屋敷でしばらく生活をするというし。王都貴族とは、違うのよね。また一つ、勉強になったわ。
「俺の部屋とは中扉で繋がっているが……まぁ、気にしないでくれ。エレノアが女主人の部屋を使う間、俺は執務室で寝起きするからな」
……何でもない風にそうおっしゃっているけれど、このお屋敷はカーティス様の所有物。だから、私に遠慮する必要なんてないのに。それに、執務室で寝起きされていたら上手く疲れも取れないと思う。
「いえ、私は気にしませんので私室にて寝起きしてくださいませ」
「……だが」
「それでは疲れが取れません。カーティス様が倒れてしまったら、いろいろと問題が起きそうですので」
一応それっぽい理由は付け足しておく。実際、カーティス様が倒れてしまわれるとこのお屋敷は回らないだろう。私はまだこのお屋敷に詳しくないし、そこまで詳しくなる予定もない。そのため、カーティス様には元気でいてもらわないと困ってしまう。
「……悪いな」
「いえ、どうせですし、中扉は塞いでおいてくださいませ。そちらの方が、カーティス様が安心できるのでしたら、ですが」
そんな提案をするけれど、カーティス様は「いや、そこまでする必要はないだろ」とおっしゃる。……そう。
「……エレノアは、どうだ?」
「どう、とは?」
「中扉、塞いでほしいか?」
カーティス様にそう問いかけられ、私はじっと考えてみる。……別に、扉を塞いでもメリットもデメリットもないわよね。カーティス様が夜這いをしてこられるとは到底考えられないし、問題ないや。
「どちらでも構いません。メリットもデメリットも、発生しませんので」
「……お前、俺に襲わないでくださいと言っておきながら、そこら辺は適当だな」
「まぁ、そうですね。だって、カーティス様にそちら方面の度胸があるとは思えませんから」
にっこりと笑って私がそう言えば、カーティス様は気まずそうに視線を逸らされる。……あら、やりすぎちゃった? そう思って少し反省するけれど、カーティス様は「確かに、そうだな」とおっしゃっていた。……そこ、認めちゃうのね。
「さて、母が来るまでもう少し詳しい打ち合わせを……」
気を取り直されたカーティス様が、そうおっしゃったときだった。不意に、執務室の扉が慌ただしくノックされる。……なんだか、嫌な予感がするわ。
「……入れ」
そのノックを聞かれたカーティス様は、眉を顰められながらそう叫ばれる。そうすれば入ってきたのは……このクラルヴァイン侯爵家の執事。彼は額に汗を浮かべながら「せ、先代の奥様が、いらっしゃいました……!」と言う。……ちょっと待って? いらっしゃるのは昼からじゃなかったの? 早すぎない?
「早すぎるだろ!」
「い、いえ、先代の奥様は、なんと言いますか……ちょっと早く着きすぎちゃった、と……」
早く着きすぎちゃったっ! じゃないわよ!
私は脳内でそう突っ込むけれど、顔には出さない。淑女たるもの、感情を表に出さないことも大切ということよ。
「……カーティス様」
「あぁ、だが来てしまったものは仕方がないな。……母を、応接間に通してくれ」
私がカーティス様に声をかければ、彼は頭を抱えられながらそうおっしゃった。……さて、とりあえず――私も、戦場に赴きましょうか。
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