第16話 相談

 その後、私は自分の身なりを整え、朝食の席に着いた。そこではすでにカーティス様が待機されており、カーティス様は私のことを見るなり「……着飾ったのか?」なんて零されていた。


「はい。いくら欺くための婚約者だったとはいえ、最低限は認められないといけません。そうでないと、私を雇った意味がないですから」

「……そう、だな」


 私の回答を聞かれて、カーティス様はそう呟かれる。そして、私たちの前に運ばれてくるのはこれまた美味しそうな朝食の数々。だからこそ、私は息を呑んだ。やっぱり、このクラルヴァイン侯爵家のお食事は、見た目だけでも食欲をそそる。


「……エレノア。少し、良いだろうか?」


 私が朝食の数々に舌鼓を打っていると、不意にカーティス様がそう問いかけてこられた。なので、私は口に入れていたパンを咀嚼し、飲み込んだ後「どうか、なさいましたか?」と言葉を返す。そうすれば、カーティス様は「……悪いな、いきなり仕事を押し付けて」なんておっしゃった。……カーティス様って、意外とお優しいお方なのね。


「いえ、お気になさらず。これも、私の仕事ですから。……雇われた以上、お仕事自体は全うするつもりです」

「……そう言ってくれると、助かる」


 カーティス様はそれだけを告げると、お食事を再開された。……そのお食事の光景を見ながら、私は「あぁ、やっぱりこのお方は育ちが良いのね」なんて思った。だって、そうじゃない。食事の仕草一つをとっても、絵になるほど美しい。さすがは侯爵家の令息として生まれ育っただけはあるわよね。


「ところで、エレノア。いくつか相談があるんだが……いいか?」


 それからしばらくして、カーティス様がそうおっしゃるので、私は静かに「どうぞ」と答えた。……相談というのは、カーティス様のお母様のことよね。


「母は多分、エレノアを吟味しに来たのだと思う。……だから、エレノアに主な対応をしてもらうことになるんだが……」

「それは、存じております」


 カーティス様のお言葉に、私は静かに返事をする。でも、カーティス様は何処か気まずそうに視線を逸らされていた。……一体、なに? そう思って私が目をぱちぱちと瞬かせていれば、カーティス様は「……一つ、面倒なことになっている」と続けられる。


「母は、俺に好きな人がいるから頑なに婚姻しないと、思い込んでいるんだ」

「……さようでございますか」

「多分だが、母は俺の好きな人をエレノアだと思っているはずだ」

「……私たち、王都貴族と辺境貴族ですけれど?」


 王都貴族と辺境貴族は、派閥が違う。だから、そう簡単になれ合うことはない。いくら同じ貴族だと言っても、いろいろと違う。それが、このウィリス王国の貴族事情。だから、王都貴族である私が辺境貴族のカーティス様の好きな人だとは考えにくい。


「……あの母は、思い込みが激しいんだ。あと、無駄にロマンチストだ。だから、一度思い込んだらもうほかの可能性は思い浮かべない」

「……そうなの、ですか」


 ということは、カーティス様に好きなお方がいると思い込まれている挙句、そのお相手を私だと思われてしまったのね。……本当に、面倒な状態だわ。


「それで、カーティス様は私にどういう演技をお求めなのでしょうか?」

「……演技?」

「はい。カーティス様を慕う演技をしてほしいのか、はたまた迷惑そうな演技をしてほしいのか。それか、それとない距離感の婚約者を演じてほしいのか、です」


 実際の私たちは、お飾りの婚約者。でも、そんなよそよそしい態度でカーティス様のお母様が納得してくださるとは考えにくい。ならば、ここは私が理想の婚約者ということ以外のオプション演技を追加した方が良いだろう。そう、考えた。


「……そうだな。それとない距離感で頼む。……あまりべたべたしていると、あの母のことだ、早く挙式を挙げろとせかす可能性がある」

「承知いたしました。では、それとない距離感を演じさせていただきます。……なので」

「どうした?」

「カーティス様は、どうかお母様の誤解を解いてくださいませ」

「……あぁ」


 私の言葉に、カーティス様は気まずそうに視線を逸らされる。でも、これは重要な話なのだ。だって、カーティス様が私を好いているという誤解をされたままだと、挙式をせかされてしまうだろう。私はお飾りの婚約者なので、挙式を挙げるつもりはない。だから、せかされると本当に困る。……主に、カーティス様自身が。


「ところで、今のエレノアは……その、だな」


 ふと、カーティス様はそうおっしゃって口元を押さえられる。……私、編かしら? それとなく上品な女性に擬態したつもりなのだけれど?


「私、変ですか?」


 首をかしげながらカーティス様にそう問いかければ、カーティス様は「いや、そんなことはない」とおっしゃった。……じゃあ、一体なんだというの?


「……その、逆だ」

「逆?」

「今のエレノアは……とても、綺麗だなって、言いたいんだ」


 カーティス様はそうおっしゃって、誤魔化すようにパンを口に入れられた。……もしかして、カーティス様、照れていらっしゃるの?

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