第15話 嵐の予感

「エレノア様、エレノア様! 起きていらっしゃいますか!?」

「……えぇ」


 翌日。何処となくお屋敷内が騒がしいなぁと思いながら、私が寝台に腰かけていると、ニコラがそんなことを言いながら慌ただしくお部屋に駆け込んでくる。その額には汗がにじんでおり、何かがあったことは一目瞭然だった。そのため、私は「どうしたの?」と問いかける。


「……え、えぇ、実は――」


 ――先代の奥様が、本日の午後にこちらにいらっしゃると……!


 そして、ニコラはそんなことを私に告げてきた。


「先代の奥様、ということは……」

「は、はい! 旦那様のお母様です!」


 私の言葉に、ニコラはそう言葉を返してくる。……いつかはいらっしゃるだろうと思っていたけれど、まさかこんなにも早いなんて……。そう思うと、柄にもなく私の心と脳が慌てる。けど、文句を言ったり慌てている暇なんてないわね。いらっしゃるのは午後からみたいだし、まだまだ時間に余裕はある。……まだまだって言えるほどじゃ、ないかもしれないけれど。


「……そう。分かったわ。けど、とりあえず準備をしなくちゃね。朝の準備を、お願いできる?」

「あ、か、かしこまりました!」


 二コラは理解が早いのか、私の指示を聞いても嫌な顔一つせずにお部屋の外に駆けていく。大方、顔を洗うためのぬるま湯を持ってきてくれるのだろう。……さて、私はこの間にいろいろなことを考えておくか。


(カーティス様のお母様が突然訪ねてこられるのは、きっと私のことを知られたからよね)


 きっと、カーティス様が(偽装)婚約をされると決めたことを知られたからだろう。つまり、カーティス様のお母様は私のことを吟味しようとしているのね。ならば、私が出来ることは。


「……とりあえず、理想の婚約者を演じること、よね」


 そもそも、カーティス様はそのために私に偽装婚約の打診をされてきたのだ。報奨金も出していただけるし、ここはしっかりと演じるのが良いだろう。よし、やってやろうじゃない。


「エレノア様。ぬるま湯をお持ちいたしました」


 私が一人で考え込んでいると、ニコラが洗面器に入ったぬるま湯とタオルを持ってきてくれる。……本当に、ニコラって察しが良いわよね。そう思いながら、私はぬるま湯で顔を洗う。……次にするべきことは、私がきっちりとした娘に擬態すること。お化粧をして、それとなく豪華なワンピースを身に纏うのが良いかな。


「二コラ。それとなく豪華なワンピースをお願いできる?」

「は、はい。……ですが、ドレスの類の方が……」

「いえ、ワンピースでいいわ。……あまり着飾っていると、それこそ怪しまれるわ」


 かといって、地味なワンピースもちょっと問題がある。それはそれで、身なりがきちんと出来ていない娘だと思われる可能性があるから。それとなく豪華なワンピースというところが、ポイント。


「それから、ナチュラルなお化粧をお願いするわ。……ごめんなさいね、いきなり迷惑ばかりをかけて」

「い、いえ! それが私の仕事ですので……!」


 二コラはそう言ってくれるけれど、本当に申し訳ないと思っている。いきなりやってきた偽装のための婚約者の面倒を見るなんて、ニコラだって不本意だろうから。


 その後、私は二コラに用意してもらった淡い青色のワンピースを身に纏う。上品な印象を与えるものの、デザインは派手過ぎないワンピースだ。年頃の女性として、いい雰囲気だと思う。よし、次はお化粧をしてもらって……と。


 そんなことを考えていると、お部屋の扉がノックされる。それに私が「はい」と返事をすれば、別の侍女が数人やってきた。


「ニコラさん! エレノア様の準備は……」

「今やっているわ」


 その侍女は、ニコラにそう問いかける。……ちょうどいいわね。私はそう判断し、彼女たちの顔を見据えた。


「貴女たち、少し良いかしら?」


 私が彼女たちに声をかければ、彼女たちは「は、はい!」と返事をくれた。そのため、私は「カーティス様に伝言をお願いしたいの。いいかしら?」と問いかける。そうすれば、侍女の一人が「はい!」と勢いよく言ってくれた。


「私は大丈夫ですから、ご自身の準備にお時間をお使いください。……私は、引き受けたお仕事は全うします。そう、お伝えして頂戴」

「かしこまりました!」


 一人の侍女はそう言って早足でお部屋を出ていく。……残りの侍女たちは、ニコラに指示を出されて私の準備に奔走し始めた。やっぱり、ニコラ一人だと大変だったのね。


「髪型は、どうなさいますか?」

「一つに結い上げて頂戴。髪飾りは……中の上くらいのもので」

「か、かしこまりました!」


 侍女に指示を出しながら、私は鏡を見つめる。鏡に映る私は、侍女たちのお化粧の腕もあってかかなり輝いていた。……うん、見た目はまぁまぁいいわね。あとは、カーティス様のお母様に気に入っていただけるか、だけれど……。


「ねぇ、貴女」

「は、はい!」

「先代の奥様の、趣味嗜好を教えて頂戴。気に入られるようにお話を合わせるから」

「かしこまりました!」


 侍女に出来るだけ、カーティス様のお母様の情報を、貰わなくちゃ。そう判断して、私は侍女に情報を貰う。情報戦を制すれば、かなり有利だものね。


(頑張るのよ、私)


 なんとしてでも、この任務を全うするのよ。そう思って、私は深呼吸をした。

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