第14話 一日目の終わり
「……はぁ、疲れた」
それから約一時間後。私は客間にて寝台に腰かけていた。まだお屋敷のお部屋の配置を覚えられていないため、ここまで二コラに案内してもらった。ちなみに、朝も彼女が迎えに来てくれることになっている。朝食の席に、向かうためだ。
「……カーティス様は、そこまで悪いお方じゃないかな……」
寝台に寝転びながら、私はそんなことをぼやく。正直、もっと訳ありの男性を想像していた。しかし、カーティス様はそこまで悪いお方ではない。お飾りの婚約ということは、ちょっと思うことがあるけれど、出された条件は悪くない。……このまま、彼のお飾りの婚約者をするのも、良いことだと思う。
「エレノア様」
そんなことを考えていると、不意にお部屋の扉がノックされた。そして、そんな声が聞こえてきた。……この声、ニコラのものだわ。そう思って、私は寝台から起き上がって「良いわよ」と返事をした。そうすれば、ニコラがお部屋に入ってくる。彼女は、ワゴンを押していた。
「お疲れだと思いましたので、紅茶を持ってまいりました。……安眠効果の、あるものでございます」
「……ありがとう」
二コラは私のお礼の言葉を聞いて、ゆっくりとティーポットとティーカップを近くのテーブルの上に置いてくれる。……いい香り。確かに、落ち着く香りだわ。……私、想像以上に疲れていたみたいだし。
「長旅、お疲れ様でした」
「……いえ」
二コラに笑いかけられたので、私は顔を背けながらそう言葉を返す。……確かに、長旅はとても疲れた。それでも、メリットはあったと思う。カーティス様との出逢い。美味しい食事。たくさんのお金がもらえる婚約の案件。……うん、悪くないわ。
「エレノア様が、ずっとこのお屋敷に居てくださればいいのですが……」
そんなことを考えていれば、ニコラが苦笑を浮かべながら私にそんなことを告げてくる。……二コラは、私だったらカーティス様に似合っていると言っていた。……私はそうは思えないけれどね。一度離縁されたバツ付きの娘。それが、私だもの。
「……どうして、ニコラはカーティス様に婚姻してほしいの?」
ふと気になったので、私は二コラに問いかけてみた。すると、彼女は「……やはり、お屋敷には奥様が必要なのです」と視線を下に向けながら言う。……奥様、か。
「奥様がいないと、何処となく華がありません。使用人にも活気がなくなってしまいます」
「……カーティス様のことを、慕っているのでしょう?」
「確かに、私たちはそうです。それでも、やはり奥様がいるいないでは、大きく変わってきますので……」
……そう。確かに、ニコラの言うことは一理ある。けど、私がこのお屋敷の奥様になることは九十九パーセントないだろう。残りの一パーセントも、カーティス様の気が狂われたとかそういうことでしかないはず。
「……本日の夕食時に、私たちは確信しました。エレノア様ならば、旦那様のお心を溶かせると」
二コラはそう熱弁してくるけれど、私は「……考えておくわ」としか返せなかった。本当は、考えるつもりなんてない。時が経てば、円満に婚約解消の手続きをして、私は子のお屋敷を去るのだから。でも、何故だろうか。その言葉を、蹴り飛ばすことが出来なかった。
「……ところで、どうして私ならばと思ったの?」
そういえば、それが気になるわ。そう考えて、私が二コラにそう問いかけてみれば、彼女は「……美味しそうに、お食事を摂られていましたから」とにっこりと笑って言ってくれる。……ちょっと待って。それは、判断材料になるの?
「……それは、判断材料になるの?」
「はい、美味しそうにお食事を摂られる方は、素敵な方です」
……それは、少し判断が早すぎないかしら? 一瞬だけそんなことを思うけれど、私は「ありがとう」と言うだけにとどめておいた。あんまり、否定するのも良くないわね。
「……あ、では、私はそろそろ失礼いたします。……また明日の朝、お迎えに参りますね」
「えぇ、よろしく」
二コラは最後に「おやすみなさいませ」とだけ言葉を残して、お部屋を出て行ってしまう。……残されたのは、私一人。だから、ティーポットから紅茶をティーカップに注いだ。とても、いい香り。……やっぱり、落ち着く。
(このお屋敷の人たちは、悪い人たちではないわ。だけど……やっぱり)
私が、このお屋敷の奥様になることは、ないわね。そんなことを考えて、私は紅茶の入ったカップを口に運ぶ。美味しい。これは、なんのブレンドかしら? 今度、訊きたいわ。ついでに、何処で仕入れたのかも。
「さて、この後はちょっとゆっくりとして眠ろうかな」
それだけを呟いて、私は大きく伸びをした。……長旅の疲れは、やはりそう簡単には取れないわよね。まだ、疲れているもの。
(……カーティス様は、未だにお仕事かしら?)
あのご様子だと、身体を壊してしまわないかが心配だわ。……まぁ、私はそれを指摘できる立場ではないのだけれど。そう思い、私は目を瞑る。あぁ、眠いわ。ちょっと、眠ろうかな。そう思って、私はもう一度寝台に横になる。やっぱり、疲れていたのかこの日はよく眠れた。
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