【第１部完結】年の差七の旦那様～出戻り娘はお飾りの婚約を希望中～

第１１話 カーティスとの食事（２）

（こんなにも食べたら太るって分かっているけれど……でも、食べたいわ）

　私がパクパクと食事を続けていれば、何処からともなく笑い声が聞こえてきた。それに驚いてハッと顔を上げれば、そこには何故か声を上げて笑っているカーティス様がいらっしゃって。しかも、大爆笑だった。……いや、どうして？　そう思うけれど、私は自分が無我夢中で食事をしていたことを思い出す。……食い気に走っているとか、思われたのだろう。

「……カーティス様。私の食事で、笑わないでくださいませ」

　とりあえず、取り繕った方がいいかな。そう思って、私は口元を拭きながらそう返す。しかし、カーティス様は誤魔化しに応じてくださらない。ただ「美味そうに食べるな」と呟かれるだけだ。

「……私は、食事のありがたみを知っているつもりです。なので、出されたものは基本的にすべて残さずに食べます」

　貴族の中には、お料理を残す人も少なくはない。でも、私はクローヴ侯爵家での日々で、食べ物のありがたみが分かった。なので、基本的には食事を残すことを好まない。……嫁ぐまでどうしていたのかは、訊かないでほしい。そこは、乙女の秘密という奴だ。……まぁ、乙女っていう年齢でもないけれど。

「そうか。……そういう奴は、好きだぞ」

「さようでございますか」

　どうして、いきなりそんなことをおっしゃるのだろうか。だけどまぁ、カーティス様ってお顔がよろしいわよね。そんなお方に好きなんて言われたら……普通だったら、勘違いしちゃうかも。まぁ、私は勘違いなんてしないけれど。そんなおこがましいこと、思えるわけがないわよ。

「食べ物を美味そうに食う奴は、比較的好きだ。……そっちの方が、料理人も作り甲斐があるだろうしな」

　カーティス様はそうおっしゃって、控えていた料理人に視線を送る。そうすれば、彼は静かに一礼をして「光栄の極みでございます」と言っていた。……カーティス様は、やはり使用人にとても慕われているのね。優秀な当主様、なのだろうな。

「ちなみにだが、俺のために夜食も作ってある。……食うか？」

　その後、カーティス様は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、私にそう問いかけてこられる。……や、夜食。それは、とても美味しそうな響き……！　夜食のメニューは、一体なんだろうか？　手軽に食べられるものだろうけれど……。だけど、きっと美味しいはず。軽食でさえ、あんなにも美味しかったのだから。

（って、ダメダメ。夜食なんて食べたら太るじゃない……！）

　けど、夜食を食べたら太るのは間違いない。そう思って内心で葛藤する私に対し、カーティス様は「少しだけなら、いいだろ」とおっしゃる。私の気持ち、読み取られたわね。でも、カーティス様がそう言ってくださるのならば、ここはお言葉に甘えた方が良いかも。

「で、では、お願い、します……」

　こんなにも夕食を食べておいて、まだ食べるのかと言われそうだ。しかし、私は食べることが大好きだから、仕方がないのよ。人間、一度食べ物に苦労するとその分の反動がすさまじいのよ……！

「食べ物のことになると、やたらと目をキラキラとさせるな。……子供みたいだ」

「……私、これでも二十三歳です」

　童顔だからか、二十三歳に見られないことも多いけれど。そんな言葉を心の中で付け足し、私は食事を続ける。焼き立てのパンを千切って、口の中に入れてみればとてもふわふわで美味しかった。やっぱり、美味しいわ。このパンはビーフシチューにとてもよく合っている。そう思いながら、私はそれぞれのお料理に舌鼓を打つ。

「……本当に、子供みたいだな」

　ボソッと呟かれたカーティス様のお言葉は、この際無視だ。今は、それよりも食べることの方が先決。そう思って私が黙々と食べ進めて行けば、あっという間にお皿は空になる。最後の一つであるカットフルーツを口に入れて、私は静かに「ごちそうさまでした」と呟いた。

「……お前、よくこの量を平らげたな」

　若干カーティス様が引いていらっしゃるけれど、美味しいのだから仕方がないじゃない。そう考えて、私は「美味しかったので」と笑みを浮かべて言う。そうすれば、何処となく料理人が嬉しそうな表情をした。

「いや、初日だからどれくらいの量を食べるかが分からなくてな。多めに用意させたんだが……」

「これくらい、私にとっては普通です。それに、馬車での移動の際は保存食しか食べられなかったので、温かい食事が恋しくて」

　本当に、馬車での長期間の移動となると、保存食ばかりで嫌になるのだ。だから、こういう温かいお料理が美味しくて仕方がない。それに、これくらい私にとっては普通に食べられる量だ。

「大層美味しかったです。ありがとうございます」

　最後に料理人の方を見て私がそう言えば、料理人は「い、いえ、光栄です……！」と言ってくれた。……この料理人、ラングヤール伯爵家に引き抜きたいわね。一年半しかこのお料理を食べられないなんて、もったいなさすぎる。

「……うちの料理人は、やらないからな」

　私の考えはどうやらカーティス様には筒抜けだったらしく、カーティス様は私に対してそうおっしゃる。……ちぇ、残念。

（お料理が美味しすぎて、昔に戻ったみたいだったわね……）

　まだ、私が婚姻する前。つまりは、ひねくれる前。その頃に、戻ったみたいだった。やっぱり、美味しいお料理は人を幸せにするのね。……このお役目が終わったら、私は修道院でお料理でも極めようかしら。