第12話 夜食
それから二時間程度が経った頃。時刻は夜の九時半を回っている。そんな中、私は二コラに案内されてカーティス様の執務室を目指していた。
カーティス様に夜食を分けていただくことになったのだけれど、カーティス様はお仕事が溜まっているらしい。そのため、私に執務室まで来てほしいとおっしゃったのだ。別にそれ自体は構わないのだけれど、こんな夜遅くに未婚の男女が二人で会うというのはいささか問題がありそうな気も、する。まぁ、別にどう噂されようが構わないけれど。だって、私がここにいるのは長くても一年半だもの。
「どうぞ」
とあるお部屋の前。ニコラが、そう言ってくる。なので、私はここがカーティス様の執務室なのだと理解した。豪奢な扉には、模様が彫られている。きっと、腕利きの職人が丹精込めて作り上げた扉なのだろう。扉一つとっても、このお屋敷はとても高価なのだろうな。……力を持つおうちは、それだけ得なのよ。
「……カーティス様。エレノアです」
二コラに促され、私は扉を三回ノックしてそう声をかける。そうすれば、中から「入っていいぞ」という声が聞こえてきた。その声に反応して、私は扉を開け、カーティス様の執務室に足を踏み入れる。
執務室の中は、とても綺麗だった。整頓された本や、資料。机の上は散らばっておらず、綺麗に整えられている。カーティス様はお部屋の一番奥の椅子に腰かけられており、私のことを見つめていらっしゃった。……とても、絵になるお姿だった。
「待っていたぞ、エレノア」
「……遅れて、しまいましたでしょうか?」
「いや、そういう意味じゃない。単に、俺が早くに待機していただけだ」
そうおっしゃると、カーティス様は私にソファーに腰かけるようにと指示を出された。なので、私は勧められるがままにソファーに腰を下ろす。ソファーの前にあるテーブルには、ランチボックスのようなものが置いてある。大方、この中に夜食が入っているのだろう。
「料理長がな、エレノアの食べっぷりを嬉しいと言っていたぞ」
「それは……ありがとう、ございます」
そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。そう思って私が少しはにかめば、カーティス様はただ表情を緩めてくださった。その後、私から見て対面のソファーに腰を下ろされ、目の前のランチボックスを開けられる。その中には、綺麗なサンドイッチが入っていて。
「夜食だからな。そこまでがっつりとしたものじゃない。手軽に食べられるものを、いつも作ってもらう」
「……いつも、ですか?」
「あぁ、辺境をまとめる侯爵として、仕事が多いからな。……徹夜が当たり前だ」
カーティス様はそうおっしゃって、サンドイッチを一つ手に取られる。そのため、私も一つのサンドイッチを手に取ってみた。中に入っているのは、いくつかのお野菜と薄く切られたベーコン。他のサンドイッチの具材は少し違うらしく、中には卵の入っているものもある。基本的にサイズは小さめのよう。
「……そんなに働いていては、お身体を壊されるのでは?」
サンドイッチを一口かじって、咀嚼して飲み込んだ後。私はカーティス様にそう問いかけてみた。サンドイッチのパンはふわふわであり、中のベーコンのちょっとしたしょっぱさがとても合う。さらにいえば、お野菜の厚みなども完璧であり、口の中が幸せに包まれる。
「たまにあるぞ。だが、これくらい侯爵として普通だ」
「さようで、ございますか」
もう一口サンドイッチをかじって、私は相槌を打った。カーティス様は、どうやらとても真面目なお方らしい。多分、それもあって女性があまり好きではないのだろう。貴族の女性といえば、わがままで自分勝手。贅沢三昧の方が圧倒的に多いもの。
それから、しばし無言で二人でサンドイッチを頬張る。会話をしようにも、何も話題が出てこない。その所為で、私はこの無言の空間が少し辛かった。私の後ろにはニコラが控えてくれているので、完全に二人きりというわけではない。でも……なんというか、無駄にドキドキとするというか……。
「……エレノア」
私がそんなことを考えていると、不意にカーティス様が私の名前を呼ぶ。なので、私は「……どうか、なさいましたか?」と言葉を返した。そうすれば、カーティス様は「少し、自己紹介でもしておくか」とおっしゃった。……そういえば、私たちは互いのことをよく知らない。最長で一年半も一緒に暮らすのだから、少しくらい自己紹介をしておいた方が良いの……かも。
「そうでございますね。お飾りの婚約者とはいっても、互いのことを何も知らなければ不審に思われますものね」
私の目的は、カーティス様のお母様を欺くこと。だから、カーティス様とはそこそこいい関係を築いているフリをしなくてはならない。その際に、何も知らないというのは問題だ。そう、思った。
「何か訊きたいことがあれば、遠慮なく訊いてくれ。ただし、女性関係については訊くな」
カーティス様はそうおっしゃって、サンドイッチを口に放り込まれる。……女性関係のお話は、タブーなのね。まぁ、女性不信だというし、それもある意味納得だわ。……さて、まずは何を訊こうかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます