第10話 カーティスとの食事(1)

「エレノア様。夕食のお時間でございます」


 それからしばらくして、私が軽食を食べお部屋でのんびりと寛いでいると、ニコラがそう声をかけてくれた。時計を見れば、確かにもうそんな時間のよう。そのため、私は「分かったわ」と返事をして立ち上がる。


「食堂まで、ご案内させていただきます。ついでに、お部屋の説明も」


 二コラはそう言って私にお屋敷内の説明もしてくれた。どうやら、一階は主に客間などがあり、二階が主一家の私室らしい。ちなみに、食堂は一階と二階にそれぞれあり、私は一階の食堂を使うことになるそうだ。あ、これは別に特殊な建築ではなく、このウィリス王国では比較的メジャーな建築だったりする。


「カーティス様は?」

「毎日は無理だそうですが、出来る限りエレノア様と食事を摂りたいとおっしゃっておりました」

「……そう」


 それは意外ね。カーティス様は女性不信だというし、私と一緒に食事を摂りたくないと拒否するかと思っていたのに。そう思っていれば、ニコラは「エレノア様は、お客様扱いなので」と苦笑を浮かべながら言ってくれる。……どうやら、カーティス様はお客様にはかなりの好待遇をしてくれるらしい。まぁ、当たり前か。


(お父様やお母様には速達のお手紙を出したし、心配することはないだろうけれど……)


 でも、あの両親のことだ。心配は尽きないだろうなぁと思う。それは嬉しいことなのだけれど、少し面倒なところもある。特に、年頃だった頃は不満だった。今ならば、その貴重さが身に染みて分かるのだけれど。


 そんなことを考えていれば、ニコラは「こちらでございます」と言って一つの大きな扉の前で立ち止まる。……食堂の扉は豪華なことが多いけれど、これはまた……想像以上ね。なんというか、煌びやかというか。さすがは、辺境の侯爵家。


「旦那様、エレノア様をお連れしました」


 私が呆然と扉を見つめていれば、ニコラはそう声をかけて扉を開ける。なので、私はゆっくりと食堂に足を踏み入れた。長いテーブルとそのテーブルを囲むように設置された十以上の椅子。食事は二人分用意されている。主が食事をする席はカーティス様のものだから、私はこっちね。そう判断して、私はもう一ヶ所のお料理が用意されている席に腰かける。


「エレノア様。どうぞ」

「……ありがとう」


 料理人であろう人が、私のワイングラスにお水を注いでくれる。それに感謝をしながらお水を飲めば、喉が潤っていくのを実感できた。やたらと喉が渇くのは、きっとまだまだ緊張しているからだろうな。


(クローヴ侯爵家とは、天と地以上の差があるわね)


 クローヴ侯爵家では、私は残り物のようなものを食べていた。それは、料理人までもが私のことを下に見ていたという証拠で。本当は食べたくなかったけれど、食べないと身体がもたない。そういうことで、私は残り物のような質素な食事を摂っていた。……実家に帰ってからはまともな食事を摂っていたけれど、このメニューは実家以上ね。


「エレノア、悪いな。待たせたか?」


 お料理を見つめながらそう考えていれば、私が入ってきた扉とは逆の扉から、カーティス様が入ってこられる。そして、そのまま席につかれた。


(先ほどのセリフは、私のことを気遣ってくださっている……のよね?)


 カーティス様の真意は分からないけれど、とりあえず大丈夫だと言わなくては。そう思って、私は「お構いなく」と笑顔を浮かべて告げる。私のその笑みを見たからか、カーティス様は「エレノア、好きなものや嫌いなものがあったら、遠慮なく言ってくれ」と告げてくる。どうやら、やはり私のことを気遣ってくれているらしい。


「ありがとうございます。ですが、私には嫌いなものはありませんので、お構いなく」


 にっこりと笑みを深めてそう言えば、カーティス様は「そうか」と言葉を返してくる。あまり、深入りされなくてよかった。クローヴ侯爵家での待遇が酷すぎて、嫌いなものがなくなってしまったなんて言えないものね。


(夕食の主なメニューはパンとシチュー。それからお魚のステーキとサラダ。あとはカットフルーツ、か)


 そのどれもに高級な食材が使われていることは、見るだけで分かる。……いい香りも漂ってきているし、きっと美味しいだろうなぁ。そう思って、私はごくりと息を呑む。


「じゃあ、食べるか」


 カーティス様のその声を聞いて、私は頷いて静かに食事を始めた。まずはサラダから。切られたお野菜をフォークで口に運んでいけば、仄かな酸味のドレッシングと合わさってとても美味だった。お野菜も新鮮なものだし、シャキシャキとした触感が良い。


(……美味しい)


 なんだろうか。このドレッシング、今度作り方を教えてほしいくらいだ。……って、普通の貴族の令嬢はそんなことを考えないわよね。そう思い直して、私は次にシチューを口に運ぶ。そのビーフシチューの中に入っているお肉は、長い間煮込まれたものなのか、口の中でほろほろと解けていく。……すごい、美味しい。


(軽食の時から思っていたけれど、クラルヴァイン侯爵家のお料理、美味しすぎる……!)


 なんだか、無性に感動してしまう。そう思ったら、私はパクパクと食事を続けた。ここが、カーティス様の前だということもお構いなしだった。

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