第9話 侍女二コラ

「お口に合ったのならば、よかったです」


 私の小さな呟きに、ニコラはわざわざ言葉を返してくれた。その声音がとても優しくて、私はなんだか意味の分からない感情に襲われる。ニコラは、何処となくサラに似ている。容姿がというわけじゃない。中身というか、性格というか……。


「……ねぇ、ニコラ。少し気を紛らわせたいの。お話に、付き合ってくれない?」


 そう思ったら、私の口からはそんな言葉が出ていた。どうして、そんな言葉が口から出てきたのかはよく分からない。でも、多分カーティス様に対しては無理でも、ニコラにならば気を許せる。そう思ったとか、そういうことだろう。


「かしこまりました。私で、よろしければ……」


 私の突然のお願いに、ニコラは笑顔を浮かべてそう答えてくれた。……けど、お話に付き合ってもらうとして、何をお話すればいいのだろうか? 私の昔話をするにしても、重苦しくてこんな場には似つかない。……どうせだし、ニコラのことでも訊こうかな。それか、カーティス様のこと。


「二コラは、どうしてここで働いているの?」


 だから、私はそう問いかけてみた。そうすれば、ニコラは驚いたように一瞬目を見開くものの、「私は、旦那様に拾われたみたいな形なので」とはにかみながら答えてくれる。


「私、元々別の貴族のお屋敷に仕えておりました。ですが、そのおうちが没落してしまって、職を失ってしまいまして……」

「それで、カーティス様に拾われたと?」

「はい、そうです。もう三年も前になりますね。……それに、旦那様は私に素敵な結婚相手も紹介してくださったのです」


 二コラは、そう言って幸せそうに笑う。……そう。相当、その結婚相手のことが好きなのね。私は、結婚しても幸せにはなれなかった。だけど、ニコラには幸せになってほしい。私のような末路を、辿ってほしくない。


「エレノア様。一つだけ、お伝えしたいことがあります」


 しんみりとしたような空気になったのを感じ取ってか、ニコラは突拍子もなくそう言ってきた。だから、私は「いいわよ」と返事をする。そんな私の返事を聞いたニコラは「……旦那様は、本当はお優しいお方なのです」と告げてきた。


「旦那様は女性が苦手……というよりも、女性不信なのです。そのため、婚姻を嫌がられているだけなのです」

「……そう」

「ですから、旦那様は悪いお方ではありません。それだけは、どうか理解していただきたいです」


 少し目を伏せてそう言うニコラは、心の底からそう思っているようだった。……カーティス様は、使用人たちに慕われているのね。それが伝わってくるからこそ、私は二コラのその言葉が嘘ではなく真実なのだと悟った。使用人たちに慕われる当主は素晴らしい。それを、私は経験上分かっているつもりだ。


「分かっているわよ。こんな出戻り娘に価値を見出してくださったのだもの、感謝をすることはあっても、恨むことはないわ」

「……エレノア様」

「なんて、自虐が過ぎたわね。でも、感謝しているのは本当よ。……安心して頂戴。私は、カーティス様を恨むつもりはない」


 こんな豪奢な客間を用意してくださって、苦労がないようにと気遣ってくださる。そんなお方が、優しくないわけがない。どうしてカーティス様が女性不信に陥ってしまわれたのかは分からないけれど、私には関係のないこと。


(そうよ。私はお飾りの婚約者。役割が終わったら、修道院に向かうだけ)


 たった一年半だけの付き合いじゃない。だから、お互い過干渉を避けて、程よい距離感を保てばいい。多分社交の場に伴うこともないだろうし、このお屋敷でカーティス様のお母様を欺けばいい。ただ、それだけの簡単なお仕事じゃない。


「私は、エレノア様ならば旦那様のお心を解かせるのではないかと、思います」

「買いかぶりすぎよ」

「いえ、私は本気でございます。旦那様の女性不信を治せるのは、エレノア様だけだと直感が告げています」


 二コラは私の目をまっすぐに見つめて、そう言ってくる。だけど、ごめんなさい。そこは、私の管轄外なの。カーティス様のお心を解かすのは、私の役割じゃない。私よりももっと素敵で、カーティス様に似合う純粋無垢な女性。……まぁ、カーティス様に似合う女性が純粋無垢な方なのかは、私には分からないけれど。


「……二コラ、ありがとう。少し、気が紛れたわ」


 でも、少しお話をして気が紛れたかもしれない。私はどうやら、カーティス様との対面で想像以上に気疲れしていたらしい。それを実感したら、私を襲ってきたのは強い眠気。……少し、眠ろうかしら。


(馬車だと熟睡できなかったし、やっぱり寝台で眠るのが一番よね)


 そう思っていれば、ニコラは察してくれたの「軽食が出来ましたら、起こしましょうか?」と言ってくれた。そのため、私は静かに頷く。


「軽食が出来るまで、大体何分くらいかかる?」

「そうですね……ニ十分程度かと」

「それだけあれば、ひと眠りできそうね」


 私はそれだけを言って、クッキーを一枚口に入れてかみ砕く。やっぱり、甘いものは好きだわ。


「では、エレノア様。おやすみなさいませ」


 二コラがそう声をかけてくれたので、私は「おやすみなさい」という言葉を返し、寝台に移動してそのまま横になる。どうやら私は想像以上に疲れていたらしく、一分もせずに眠りに落ちてしまった。……自分の限界を知らないなんて、まだまだ未熟よね、私って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る