第8話 客間
それからしばらく歩いていると、ニコラは一つの扉の前で立ち止まる。その後、ゆっくりとその扉を開いた。
「こちらが、エレノア様に滞在していただく客間でございます」
それから、私がお部屋の中を見渡すことが出来るようにと、横に寄ってくれる。だから、私はお部屋の中を見渡した。
豪奢な寝台。くつろげるようなソファーとテーブル。それから、ちょっとした作業が出来るような机といす。後は長期滞在に備えてかクローゼットや棚などが置いてある。……ふむ、私はここに鞄一つで来たけれど、もう少し荷物を持ってくるべきだったかもしれない。
「ねぇ、ニコラ。ここら辺に買い物が出来る場所はある?」
そのため、私は二コラにそう問いかけてみる。すると、ニコラは「何をご所望でしょうか?」と逆に問いかけてきた。……ご所望というほどではない。ただ、服などが足りなくなりそうだと思っただけだ。当初はそんなに長い間滞在するつもりじゃなかったわけだし。しかし、私はカーティス様のお話を聞いて考えを改めた。
(どうせ一年半だし、もう帰らずにその間はここで過ごそうかしら)
と。まぁ、それも全てカーティス様がご了承してくださったら、という大前提があるのだけれど。実家にはお手紙を出せばそれでいいし、特に問題はないだろう。どうせ、またこちらに戻ってくるのだもの。移動時間は短縮したいわ。
「いえ、少し荷物が少ないから、買い足そうと思っただけ。……衣服を扱っているお店は、ある?」
「そちらは、街に行けばありますよ。ただ、エレノア様のお好みに合うかどうかは……」
二コラは少し言いにくそうにそう教えてくれた。正直なところ、私はあまりおしゃれに興味がない。いや、興味がなくなったという方が正しいのかもしれない。クローヴ侯爵家で虐げられているうちに、私はおしゃれに対する貪欲さを失ってしまった。嫁ぐまでは、人並みにはおしゃれに興味があったというのに。
「好みはないわ。だから、どんなものでもいいのよ。ただ、数着は立派なものを持っている方が良いかもしれないわね」
カーティス様のお言葉だと、カーティス様のお母様は多分私のことを吟味しにいらっしゃるだろう。その際にみすぼらしい格好をするわけにはいかない。そういうことで、数着はそこそこ立派な服を持っておいた方が良い。もちろん、いくつかは持ってきた。でも、多分これだけじゃ足りないわ。
「そうでございますね。では、贔屓にしている仕立て屋をお呼びします」
「……別に、そこまでしてほしい訳じゃないのに」
「いえ、旦那様にはエレノア様に不便をさせないようにと命じられております。なので、お気になさらず」
私の言葉に対し、ニコラはそう返してくると「今、何か必要なものはあるでしょうか?」と尋ねてきた。……今、欲しいもの。特にはないけれど、あえて言うのならば少しお腹が空いたかもしれない。
「少し、お腹が空いたわ。夕食は何時くらいかしら?」
「七時になっております。なので、まだ少し先ですね。では、軽食をお持ちいたします」
二コラはそんな言葉を残して、颯爽とお部屋を出て行ってしまう。そのため、残されたのは私一人。……とりあえず、このお部屋でも探索してみようか。
(寝台はふかふかだし、毛布もとてもいいものだわ。ソファーなんてアンティークなデザインじゃない)
寝台に腰かけて、毛布に触ってみる。とてもふわふわで、触れ心地が良い。ソファーのデザインはアンティーク調。しかし、かといって古臭さは一切ない。上手く現代に馴染んだ雰囲気になっている。……これ、相当高そうよね。
「さすがは辺境をまとめる侯爵家ね。……すごく、立派だわ」
私が元々いたクローヴ侯爵家は、名ばかりの侯爵家だった。その主な原因はネイサン様が愛人に入れ込み、貢いだこと。私が嫁いだ当初は、まだマシだった。でも、先代の当主夫妻が相次いで亡くなったことから、ネイサン様を止めるものは誰もいなくなって。ストッパーがなくなれば、その分歯止めが利かなくなるというものだ。その結果、ネイサン様の無駄遣いは容認されるようになった。
(私は注意をしたけれど、注意をすればするほど待遇が悪くなったものね)
私はネイサン様に度々注意をしていた。だけど、ネイサン様はそんな私の注意に聞く耳も持たれなかった。ただ、私が注意をした分だけ当てつけのように私の待遇を酷くした。挙句の果てには使用人たちもこぞって私のことを虐げてくる始末。きっと、愛人の無茶ぶりにストレスが溜まっていたのだろう。だから、それを発散するという意味でも私のことを虐げていた。
「エレノア様。ひとまずクッキーをお持ちいたしました」
そんなことを思い出していれば、不意にお部屋の扉が開き二コラが戻ってきた。その手には、お皿があった。ちなみに、その上には香ばしい色合いのクッキーが載っていて。……どうやら、私のために持ってきてくれたらしい。
「軽食は作るのに少し時間がかかるようでして……。なので、お菓子ですが……」
「いえ、嬉しいわ。ありがとう」
……まさか、ここまで好待遇だとは思わなかった。私は心の中でそう零しながらクッキーを受け取り、口に入れてみる。サクッとしたいい音を立てて割れるクッキーは、甘さ控えめだったもののとても美味で。
「……美味しい」
無意識のうちに、そんな言葉が零れた。
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