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 最初にこの兵士工場を見た時から、俺はこの「暴動作戦」を考え始めていた。ここにいる百名近くの兵士たちに、一律でSEXtasyを送り込んでいるのなら。その制御をなくせば、兵士たち全員が「SEXtasyの急性中毒」に陥るはずだ。そうなれば、橋本の言った通り「とんでもない暴動」が巻き起こるだろう。



「そんなことをして、どうするつもりですか? せっかく他国との交渉も進み、SEXtasyの輸出も形になりかけているのに。ここまでの研究や努力の成果を、全て水の泡にするんですか?!」


 橋本は、それこそが「自分の野望」だっただけに、ムキになって反論していたが。俺は橋本に言い放った。


「それが、どうした。俺には関係ない。俺の目的は……ここを、壊滅させることだ。二度とこんな研究を、こんな狂った施設を作ろうなどと、考えないようにな」



 俺の視線の「本気さ」に、橋本は「ぶるっ」と震えあがり。ここは、「俺の言いなりになる」しかないと、覚悟を決めたようだった。見張り番の死に様や研究員の酷い有様が、目に焼き付いているのだろう。自分はそうなりたくないという思いが、今の橋本を突き動かしていた。


「わ、わかりました……言う通りにします。この状況では、そうするしかないですからね……。その代わり、に……私には危害を加えないと、約束してくれますか?」


 橋本は、尚も怯えながら俺にそう伺いを立てたが、同時に俺をあまり刺激しないよう、気を遣っているのが見え見えだった。俺を怒らせるようなことだけは言うまいと、心に決めているのだろう。


「ああ、わかった。ただ、本能を剥き出しにした兵士たちにまで約束させることは、さすがに出来ないがな。まあ、あんたが危ない目に逢いそうになったら、助けてやるよ。出来る範囲でね」


 それは橋本を脅かそうというのではなく、俺の本音だった。兵士たちが一斉に暴れだせば、俺自身も自分の身を守ることで精一杯になる。恐らく兵士たちは、「誰彼構わず」目に付いた人間を攻撃対象にするだろうからだ。橋本まで守り切れればいいが、必ずとは言い切れない。



「はい、ありがとうございます……それでは、始めますよ? 本当にやりますよ?? ああ、なんてこった……」


 橋本は泣き出しそうな顔で、機械の操作を始めた。

「橋本さん、SEXtasyが送り込まれて、兵士たちが何か動きを見せたら。すぐにここを出るからな。逃げる準備はしておけ」

 その俺の言葉に、橋本は「は、はい、それはもちろん」と大きく頷いた。兵士たちはそれぞれベッドに横たわり、目を閉じたまま眠っているように見える。急に暴れだしたりすることのないように、SEXtasyとは別に、鎮静剤、睡眠剤なども投与しているのだろう。だがそれもまた、「厳正な管理下にある」ことが前提だ。一気に大量のSEXtasyが送り込まれれば、それを制御する術はない……!



「さあ、いきますよ……本当に、どうなっても知りませんよ?!」


 準備を終えた橋本は、振り返って俺にそう念を押した。その俺に、今さら迷いがあるはずもなかった。このために、ここまで準備を重ねて来たのだから。


「ああ、始めてくれ」


 橋本は、「どうにでもなれ」というようなヤケクソに近い勢いで、機械に付いていたレバーを「がちゃり」と下げた。機械には幾つかのメーター表示があって、その中のSEXtasyの残量を示すと思われる目盛りが、ぐんぐん下がっていく、つまり残量が急激に減っていることを示していた。



 それから、1分も経たないうちに。静かに横たわっていた兵士のうち、数名の体が「どくん!」「どくん!」と波打ち始めた。まるで活のいい魚が陸に上げられた時のように、その兵士たちはビクビクと体を動かしていた。


「ここまで確認すれば、十分だ。ここを出よう」

 俺は、動き出した兵士たちを愕然と見つめる橋本の腕を、ぐいっと引っ張った。兵士工場を出ると、先ほどお偉いさんとの面談をする時に使ったエレベーターの方へと走った。


「こ、ここから上がるんですか?!」

 橋本が驚いたようにそう聞いてきたが、上の階には兵士2名とSP2名がいるものの、それでは百名からの「凶暴化した兵士」には立ち向かえないと考えたのだろう。そしてもちろん、そのことは俺も承知の上だった。


「俺たちが行こうとは思わないよ。『彼ら』に行ってもらうのさ」


 そう言って俺はエレベーターの扉を開けると、お偉いさんがいる階のボタンを押し。それから扉の下に板切れを挟んで、軽く「ドア止め」をした。これで凶暴化した奴らは、エレベーターの中へも突入し。その勢いでドア止めが外れれば、奴らは自然とお偉いさんのいる階に到着するはずだ……。



 続いて俺はくるりと向きを変え、俺たちが入って来た渡り廊下へ向かった。橋本は、今度こそどこかへ逃げるか身を隠すかするのだと思ったのか、少しほっとした表情をしていたが。俺は建物の入口に立つと、その扉を全開にし。廊下を渡って監禁部屋や「見本市」の部屋などがある本棟(かどうかはわからないのだが)に着くと、そこの入口も開け放った。もちろん、兵士たちが突入しやすいようにだ。


 これで準備は整った。橋本も、俺のやろうとしていることを察して、「ほんとに大変なことになる……!」と、改めて青ざめていた。今頃気付いても、もう遅い。すでに「こと」は始まってるんだ。



 そこで「別棟」の方から、ぐわっしゃーーーーん!! という爆音が響いて来た。兵士工場の壁を突き抜けるようにして、中から怒涛のように人波が溢れ出してくるのが見えた。


「か、片山さん、早く逃げましょう?!」

 橋本は涙目でそう叫んでいるが、まあ、そう焦るな。ここはゆっくり見届けさせてもらおう。この「SEXtasyの館」の、壮絶なる崩壊の時を……!!



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