32

 橋本にベルトを解いてもらい、ようやく体の自由を取り戻した俺は。口元に付いていた見張り番2人の血を拭い、まだ怯えた目をしている橋本に語りかけた。


「橋本さん、『兵士工場』へは入れるよな? こないだ見た2階からじゃなく、兵士たちが寝そべってるところにさ」


 橋本は、何か挙動不審者のように辺りをキョロキョロと見渡しながら、俺の問いに答えた。

「は、はい、もちろん入れますが……」


 恐らく橋本は、俺が見張り番2人の喉笛を食い千切ったことで、警備なりなんなりが駆け付けてくるのではと考えているのだろう。もちろんこのままの状態が続けばいずれはやって来るだろうが、すぐに飛び込んでくる可能性は少ないと俺は考えていた。



 まずこの場所自体が普段からひと気がなく、俺の先ほどの行動を目撃した奴は、1人もいない。そして兵士工場もそうだったが、その他の作業スペースも研究目的で設置されているため、四方を分厚い壁で仕切っている。当然、ある程度の防音効果もあるだろう。スペース内にいる奴らが見張り番の悲鳴に気付く確率も、極めて少ない。


 そしてここで行われている研究が、SEXtasyを用いた兵士の強化という極秘事項に関わっているため、施設内に監視カメラを設置していることはまずありえない。作業スペース内に記録用の録画機器はあるだろうが、スペースの外の「通り道」を監視するためのカメラは、研究内容が外部に漏れることのないよう、設置されていないはずだ。監視カメラがあるとしたら、人の出入りを監視するため、ここへ入って来た渡り廊下からの出入り口あたりだろう。


 それゆえに、今すぐに警備が異常に気付いてここに駆け付ける可能性は低いというのが、俺の考えだった。だが入口を見張っていれば、見張り番に連れられた俺が、お偉いさんとの面会を終えた後に、いつまで経っても「戻って来ない」ことに気付くはずだ。それを考えれば、そうそうゆっくりしているわけにもいかない。



「それじゃあ、兵士工場の中に案内してくれ。宜しくな」


 俺は早速橋本にそう伝え、橋本の顔に付いた血を俺の服の裾で拭ってから、工場内に案内させた。思った通り、橋本はスンナリと中に入れたが、見張り番の血を浴び着ている服が真っ赤に染まっている俺は、そうはいかないだろう。俺は橋本が工場内に足を踏み入れ、中にいた研究員たちに「これはどうも、橋本さん」と挨拶されている様子を伺いながら、自分の中の「野生」を呼び起こしていた。


 俺の体の奥底から、炎が燃え上がるような感触を覚え、俺はその勢いのまま、「ばっ!」と工場内に飛び込んだ。「えっ?」「あなたは……」驚き戸惑う数名の研究員たちを、俺はものの数秒で打ち倒し。床に崩れ落ちた研究員たちは、顎や頬骨を俺に打ち砕かれ、ヒクヒクと体を痙攣させていた。


 そこで俺は橋本に「さて……」と話しかけようとしたが、そこでまた俺の中の「カオリ」が勢いを取り戻そうとしていた。血にまみれた研究員を見て、再び「食欲」が湧いて来たのか、俺の中で芽生えかけた欲望は、倒れこんだ研究員たちにむしゃぶり付きたいと主張していた。俺はその場で「ふう~~……」と息を吐き出し、自分を「落ち着ける」ことに専念した。それでなんとかカオリの本能は収まってくれたが、俺自身の「野生」を呼び起こすのは、諸刃の剣というわけだな。今は短い時間だったから良かったが、これが長く続けば「カオリの本能」も勢いを増すことは、間違いないだろう。十分に気を付けて行動しないとな……。



 俺は改めて、倒れた研究員たちを血走った目で見つめている橋本に、ここに来た「要件」を伝えた。


「見たところ、研究員が囲んでいたこの機械が、兵士たちに送るSEXtasyの量を制御しているようだな? 思いきって、その『制御』をなくしてくれ。つまり、ここにいる兵士たち全員の体に、大量のSEXtasyが一気に送り込まれるようにして欲しい」



 橋本は、「そんな馬鹿な」と言わんばかりに目を見開き、猛然と反論した。


「そ、そんなことをしたら……とんでもないことになりますよ?! いや、どんなことになるか、私にも想像がつきません。恐らく、兵士たちのリミッターが外れ、攻撃性・凶暴性を露わにして、凄まじい暴動が……」


 そこまで言って、橋本は「はっ」となって言葉を止めた。そこで俺は、「ニヤリ」と笑い。


「そう。そうすることが、俺の狙いだ」


 橋本に、俺の「目的」をはっきりと告げた。



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