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 兵士たちはまず、近場にあった「他のスペース」へ突撃をかけた。もちろん他の場所はカギがかかっていて簡単に中へ入れるわけではなかったが、彼らにとってそんなことは関係なかった。目の前に立ちふさがる障害物は、「排除する」のみだ。兵士たちは次々に壁に体当たりをかまし、自分達がいた兵士工場から持ち出して来た機械や器具なども使って、見る見るうちに壁を打ち壊していった。


 壁を壊されたスペースにいた研究員たちは、何が起きたのかと思いながらも、暴れまわる兵士の姿を見て事情を察したのだろう、慌てて逃げ出そうとしたが、もう間に合わなかった。元々この建物内には、こういった危険に対応するための武器などは置いていなかったし、置いていたとしても扱える者はいなかった。つまり、凶暴化した兵士たちに対して全くの無防備、無抵抗状態だったのだ。


「ぐわあああっ!」「やめろ、やめ……うわあああ!」


 スペース内から断末魔の叫びが聞こえ始め、やがて1人の研究員が頭から血を流しながらスペースから這い出してきたが、すぐに追いかけて来た兵士に捕まり。そこに他の兵士も加わって、袋叩きに……というより、それは数名の男がよってたかって小さな虫を踏み潰すような、そんな光景にも見えた。つま先を容赦なく体中に蹴り入れられ、踵で踏みつけられ続けた研究員は、全身の骨をバキバキに砕かれて、その場に血反吐を吐いた。



 そして、兵士の一部が扉が開いたままのエレベーターに気付き、猛烈に突進していった。思惑通り、突進した勢いでドア止めは外れ、扉は閉まり。十数名の兵士を乗せたエレベーターは、お偉いさんのいる階へと上がって行った。


 それとほぼ同時に、エレベーターに乗った人数の数倍の兵士が、渡り廊下へ向かって来た。俺もさすがにこれはヤバいと感じ、本棟に入ってすぐにあった窓から、橋本と共に外へ脱出した。「うおおおおおお!!」「うがあああああああ!!」兵士たちは唸り声を上げながら、怒涛のように本棟に押し寄せ、近場にあるドアを片っぱしから突き破り始めた。どうやら俺たちは幸いにも、奴らに気付かれずに済んだらしい。だが本棟の中では、すでに凄まじい惨劇が始まっていた。



 元より凶暴化した兵士たちは、遭遇した相手を痛めつけようなどとは考えておらず、完全に「破壊」することが目的だった。どがんっ!! とひとつのドアを突き破ると、「きゃああああ!」「うわあああ、なんだ、どうしたんだ?!」と悲鳴を上げる研究員たちを、問答無用で虐殺していった。加減などすることなく、全力で打ち込まれた拳が女性研究員の顔面にヒットし、女性研究員の顔は見る影もなく「ぐしゃり」とひしゃげ。その勢いのまま部屋の壁に後頭部を「がしんっ!」と打ち付けて、後頭部はザクロのように「パカリ」と割れた。


 傍にいた男性の研究員は、身の危険を察してテーブルの上に飛び乗ったが、それは危険を回避するにはあまりに心もとない行為だった。兵士の1人が全く躊躇することなく、勢いよくジャンプすると、テーブルに乗った研究員の足元に飛び蹴りを食らわせた。ばたんっ! 「わあああっ!!」研究員はもんどりうってその場に倒れ、倒れたその脚を数名の兵士が掴み、テーブルから引きずり降ろした。がつん! がんがんっ!! 引きずられた研究員は、テーブルの角に思いきり頭を打ち付け、続いて背中と腰を床に打ち付けられ。「うぉお……! うむむむむ」と苦悩の表情を浮かべた。だが、その表情が見られたのもほんの一瞬だった。倒れた研究員の上に何名もの兵士が群がり、殴る、蹴る、ジャンピングニーパッドのように飛び上がってから膝蹴りを食らわせるなど、ありとあらゆる手段を用いて、研究員の体を破壊し尽くした。


 今や完全な「虐殺部隊」と化した兵士たちだったが、そのうち数名はすでにその腕がへし折れ、骨がはみ出している者もいた。銃器も持たずに、力づくで壁やドアを突破し、人体を破壊しているのだから、それも当然だろう。しかしそれでも、彼らの勢いが留まることはなかった。急激なSEXtasy中毒による「バーサーカー効果」で、極度の興奮状態に陥り、痛みなど感じなくなっているのだ。



 ここに至ってようやく、「ビーーッ、ビーーーッ!!」とけたたましい警報ベルの音が鳴り始めたが、時すでに遅しだろう。あの「見張り番」レベルの奴らが何人集まったところで、兵士たちを止めることは出来まい。もしかしたら、お偉いさんのところにいた兵士のような「衛兵」が何人か待機しているのかもしれないが、軍の一個小隊くらいの人数と訓練を積んだ兵隊でもなければ、この虐殺集団を制圧することは不可能だろう。数名の衛兵が向かって行ったところで、逆に銃を奪われる羽目になるのがオチだ。極度のトランス状態にあるとはいえ、虐殺集団も銃器の訓練は受けている。彼らが銃を手にしたら、それこそ無敵の集団になってしまう。



 俺は窓の下に身を潜め、建物内で鳴り響く警報ベルの音と、途絶えることのない悲鳴を聞きながら。次はどうすればいいのかと俺に尋ねようとしている橋本に、逆に問いかけた。


「なあ、橋本さん。さっきのお偉いさんがいた、別棟の裏口。非常用の脱出口を、橋本さんなら知ってるだろ?」


 そう、途方もない虐殺の場から、逃げ出す前に。俺にはまだ、「やり残したこと」があった。



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