第二十九伝 VS 群馬県 グンマー帝国主力戦闘部隊隊長スケバン




 過去、三県境にて



 「んで、あたしを呼び出したのなんの用? 瞠留」


 ガリガリ君をぺろぺろと舐める少女、埼玉県のご当地スケバン宮ケ瀬みやがせさくらが栃木のスケバンに声をかける。


 ここは埼玉、栃木、群馬の県境である。


 全国に40箇所以上存在する、3つの県で構成される1か所の県境──『三県境』、その中でも唯一歩いて行ける平地に存在するのが彼女たちがいる場所だった。


 栃木県側に設置されている木造の椅子と机に、彼女たちは座っていた。


 「なんの用って…あんたが負けたことについてよ、事実なの?」


 生田なばた瞠留みはるが呆れた声を出す。 彼女の後ろには双子の妹である目々めめが眼鏡をかけて立っている。


 「ああ~負けた負けた、ノックアウトされたわ」


 あっけらかんという桜に拍子抜けする瞠留だが、すぐに気を取り直す。


 「──蓮水はすみず瑠衣るいってスケバンはそんなに強いの?」


 三県のスケバンを撃退した無名のスケバンの事は当然瞠留の耳にも入っていた。


 情報は少しでも手に入れたい。


 「いや知らない」


 「は?」


 予想外の答えについ聞き返してしまった。


 「知らないってどういう事よ…あんた闘ったんじゃないの?」 


 「う~んあたしも蓮水瑠衣とヤろうと思ってたんだけど、騙されて別のスケバンとヤってたんだよね」


 「……? ああ、元々番張ってた───確か白鳥しろとり二香ふつかとかいう名前のスケバンにやられたのね」


 「いやそれもハズレ」


 食べ終わったガリガリ君の棒を見ながら桜が否定する。


 「え、じゃああんた誰に負けたの」


 「泉坂いずみさか愛宕あたご


 腕を組み数秒間考え、後ろの目々に目を向けると、おずおずと首を横に振られた。


 「マジで誰!?」




◇◇◇




 「成程ね、蓮水瑠衣は無能力者と…確かな情報なの?」


 「嘘ついてるようには見えなかったよ~」


 ガジガジとハズレ棒を噛んで答える桜にため息を吐き、瞠留はに座っているもう一人のスケバンに声をかける。


 「あんたはどう思う、真子まこ


 黒髪眼鏡で鋭い視線を桜に向けている彼女は群馬県のご当地スケバン。


 名前は碓氷うすい真子まこ、糸を操ることができる能力者である。


 「……」


 尚も黙り続ける真子。 その目は動いていない。


 「ちょっと聞いてるの?」


 再び瞠留が問うと、真子の口が開いた。


 「桜ちゃん…そのガリガリ君の棒───貰っていいかな……先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!!」


 真子は気持ち悪かった。




◇◇◇




 「ん──私はどこ? ここは誰?」


 義務かのようにとりあえず呟くのは真子。


 彼女もまた、異空間に取り込まれたスケバンの一人だった。


 「ハッ! これがまさか異世界転移というやつか!! うを~! テンション上がってきたさ!! ステータスオープン!!」


 当然、空中に青い画面など表示されるわけがなく、真子は落胆する。


 「出ないか……ん~ここどこなんだろ、校庭かな? ハッ、分かった! デスゲームだな! 『深い眠りから目覚めるとデスゲーム会場であった』、ノーベル文学賞でも取れそうないい書き出し!」


 歩きながら狂言を繰り返す真子はある考えの元、行動していた。


 「フッフッフ…私をそう簡単に操れると思うな開催者! あえて教室に入らずまずは旧校舎か体育館に行くのがもっともセオリーから外れた行動!!」


 門から出るという発想もあったが、それはそれで開催者に操られているような気がして真子はやめた。


 歩いていると空から雫のような物が真子の顔に当たった。


 釣られて顔を上げると学ランを着た男が、空中を右から左に飛んで行き校舎の窓を突き破っていったのが見えた。


 「ん~……新型UFO?」




 真子が体育館に到着すると、正面の上の窓ガラスが割れて辺りに破片が飛び散っている。


 一つ咳ばらいをしてから、おでこに指先を当て上ずった声で推理し始める。


 「え~今回の犯人は実に手強いです、一見先ほどの新型UFOの犯行の様に見えますが、ガラスが散らばっているのは外側、つまり犯人は中から窓ガラスを割ったことになります」


 中に入るのはちょっと怖かったので外周を回りながら体育館の裏までとりあえず歩く。


 「そして新型UFOですがどうにもおかしい、自制して飛んでいるようには見えなかった、え~つまり犯人によって体育館の中から吹き飛ばされたと考えるのが自然でしょう」


 角を曲がり指をさして続ける。


 「え~あなた! あなたが犯人です」


 決まった、と真子が思ったが、誰もいないと思っていた体育館の裏に誰かがいた。


 「え、誰さ?」


 「僕かい? 僕の名前は宇頭之保うずしほ、徳島県のスケバンさ」




 徳島県 鳴門の大渦潮スケバン、宇頭之保


 VS


 群馬県 グンマー帝国主力戦闘部隊隊長スケバン、碓氷うすい真子まこ



 いざ尋常に、スケバン勝負!!




 「しッ之保ちゃん!? 写真で見るよりイケメンだァ、ふへへ……あの私碓氷真子って言います、ふひっ」


 「中々個性的な子が来たね、その名前聞いたことがあるよ、確か群馬県のスケバンだったかな」


 自分が認知されていた事に驚き、にやけ面がさらに気持ち悪くなる真子。


 「エッ!? 推しに認知されてる…ッてコト!?」


 「すまないが余り君に構っている時間がないんだ、仲間と連絡が取れなくてね…すぐ倒させてもらうよ」


 真子が臨界体制に入る前に、その身体を巨大な水の塊が包んだ。


 「ガバッ!? ゴボボ!?」


 突然の出来事に驚き、真子は大量に空気を吐き出してしまう。


 (水を操作する能力!? 最初から天敵とバトる事になるなんて!!)


 「糸を出し操る能力か、強い能力だけど水の中では無力だね、これだけの水で囲まれればなす術はない」


 水をかいても身体を動かすことができない。


 もがけばもがくほど体内の酸素を消耗し、敗北が近付く。




 「───三分経過、よし、アレを取りに行くか」


 既に真子の身体は動いておらず力なく水中を漂っている。


 水を回収し、之保は校舎に向かって走り始め、その場から姿を消した。


 地面に横たわる真子、その胸がかすかに揺れる。



 「ブハッ! ふー死ぬかと思った~! やはり最強か、私の死んだふりは!」


 真子の言う通り、彼女は気絶してはいなかった。しかし、当然三分間無呼吸でいれば気絶は必至である。


 「作っておいてよかった~


 『ミズグモ』という生物が存在する。


 彼らは水中の水草間に糸で空気室をつくり、そこに空気の泡を運びこむことで生活することができる。


 真子もまた、制服の下に糸で形成した空気入れを隠しており、非常時にはストロー上に編んだ糸を使い呼吸を可能にしていた。


 この糸は目を凝らさないと見えないほど細く、それ故に之保の目に捉えられることは無かった。


 ここまで精巧に糸を編むことができるのもまた彼女の技巧である。


 巣を作る種類の蜘蛛には徘徊型の蜘蛛とは違い、糸を操るために発達した第三の爪を持つ。


 この極小の爪と剛毛との連携によって蜘蛛はμm単位の糸の操作を実現している。


 生まれつき手先が器用な真子も、その指先だけで細かな作業が可能だった。


 「ん~後ろから狙っても良かったけど…どんな隠し玉があるか分かんないからな~」


 とはいえ、水を使う能力者相手に分が悪いのは紛れもない事実である。


 あくまで糸は空気中に張ってこそその真価を発揮できる。


 「相性が悪い相手とはやらないのが肝心!! でも…之保ちゃんカッコよかったなァ~…溺れてるふりしてずっと顔見ちゃった、ふへへ」




 スケバン勝負これにて中断ッ!!


 勝敗 ドロー




 「ん!? こっこのぶっ壊れてる車、シルエイティでは!?」


 長崎県の湯山千歳を下敷きにした車をみて叫ぶ真子。


 「バ…バンパーがお釈迦に…って誰か下敷きになってる!?」


 糸を駆使して車体を持ち上げると頭部から血を流してるシスター姿の少女が出てきた。


 「誰この美少女!? あっこの格好は長崎の…生きては、いるか…スケバンじゃなかったら死んでたな」


 動かない身体を見つめて、真子はよからぬ事を考える。


 「はァっ、はァっ、え!? いいって事だよね!? 沈黙は肯定だよね!?」


 真子は気持ち悪かった。




◇◇◇




スケバン図鑑㉓


なまえ:碓氷真子


属性:グンマー帝国主力戦闘部隊隊長スケバン


能力:指先から糸をだすことができる。 出す糸は蛾や蜘蛛より強靭。


備考:美少女が好き、美少女を見ると唾液の分泌量が増える。どこにいても北の方角がわかる。


ご当地:富岡製糸場

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スケバン猛将伝 しらべ @fumiduki-rui

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